遊ぶように働く人は、どう育つのか ── ソニックガーデン×ユイロ「セタプロ」をはじめる理由
『納品のない受託開発』を軸に、プログラマの新しい働き方を提唱してきた株式会社ソニックガーデン代表・倉貫義人。『ユイロ高等学院』の運営を通じて、生徒一人ひとりの幸せな進路を支援する株式会社ユイロ代表・松下雅征氏。
一見、異なるフィールドにいる二人が、なぜ今、東京都世田谷区を舞台に、非営利型一般社団法人セタプロを始動させたのか。 「遊ぶように働く」という価値観をいかにして次世代の「学び」へとつなげていくのか。二人の対談から、その背景と想いを探ります。
話し手:
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倉貫 義人
株式会社ソニックガーデン 代表取締役社長大手SIerで立ち上げた社内ベンチャーをMBOし、2011年にソニックガーデンを設立。月額定額でプログラマが顧問のように寄り添う「納品のない受託開発」を展開しつつ、本社オフィスの撤廃、管理のない経営、若手育成のための徒弟制度など新しい経営と働き方を実践している。2018年に株式会社クラシコムの社外取締役、2024年から取締役CTOに就任。著書に『人が増えても速くならない』『「納品」をなくせばうまくいく』など。 -
松下 雅征
株式会社ユイロ 代表取締役社長1993年生まれ。早稲田実業学校高等部を首席で卒業後、米国留学を経て早稲田大学政治経済学部を卒業。やりたいことではなく偏差値で進路を選び後悔した原体験から、大学在学中に受験相談サービスを立ち上げ。中高生からの相談は累計10万件を超える。教育系上場企業とコンサルティング会社を経て、2022年に株式会社ユイロを創業。オンライン特化の通信制高校サポート校「ユイロ高等学院」を運営しつつ、2026年4月からは月額定額でかかりつけ医のように子どもの成長に寄り添う「勉強を教えない家庭教師」事業を開始。著書『13歳からの進路相談』シリーズは累計1.6万部を突破し、全国の学校や図書館で採用されている。一児の父。
目次
セタプロとは何か ──「遊ぶように学べる地域づくり」

ソニックガーデンとユイロが立ち上げた一般社団法人セタプロは、「遊ぶように学べる地域づくり」を目指し、現在は中学校横断型のプログラミング部活動「セタプロ部」を運営しています。拠点は世田谷区。ユイロがオンラインの家庭教師や学校運営を通じて感じていた課題が、このプロジェクトの根底にあります。
松下ユイロで生徒の進路支援をするとき、「人生の幸せ度合い」をいろんな観点から定点観測しているんですよ。この中で最も 「期待度は高いのに満足度が低くなりやすい項目」が「地域への貢献」だったんです。
倉貫自分は地域に対して何かしたいけど、できていない、ということ?
松下そうです。一方で、この項目に「満たされている」と答える生徒は、家族で地域のボランティアに参加するなど、幼少期から地域との接点を持っています。そういう生徒は、総合的に人生の幸せ度合いを示すスコアも高いし、先生たちから見ていても充実感を持って日々を過ごしているように見えるんです。
倉貫 自分の行動が地域の人に感謝される経験が、その後のキャリアや幸せに直結すると。
松下はい。ただ、ユイロはオンライン中心のため、特定の地域に根ざした活動が難しいというジレンマがありました。そんな時に倉貫さんから「学校づくりを教えてほしい」と連絡をいただいたんです。
倉貫ゆくゆくは通信制高校を作ろうと思っているんですよ。通学スタイルは柔軟に選べるにしても校舎は持っているという形にしたい。これに関しては先人である松下さんの教えをぜひに、と思って。
松下思いが一致したんですよね。で、ソニックガーデンが目指す「プログラミングを好きになる場所」と、ユイロが目指す「地域とのつながりの創出」を重ねて「セタプロ」になりました。地域の中でやりがいを感じ、遊びのように学べる場所。今日はセタプロ発足の経緯やこれからの発展についての思いを話し合いたいなと思っています。
なぜソニックガーデンは教育に投資するのか
松下ソニックガーデンはソフトウェアの開発会社ですよね? なぜ今「教育」の分野に投資しようと思ったんですか?

倉貫ソニックガーデンが提供する『納品のない受託開発』は非常に高度なスキルが求められるので、長年、即戦力の中途採用のみで仲間を増やしてきたんです。でも、他社で育った優秀な人を採用するだけの状態って「おいしいとこ取り」じゃないですか。なので、そこそこ安定的に稼働してきたこともあって、会社としてもっと育成にコストをかけよう、もっと若い世代を僕らが体現している「面白い働き方」に到達できるようにサポートしようと考えたんです。
松下それで若手向けの「徒弟制度」を作ったんですね。
倉貫そうそう。それが4年前ですね。4年経って「徒弟制度」が安定してくると、今度はさらにその手前が気になり始めました。仕事としてプログラミングを学び始めると、どうしても「給料のため」になってしまうケースが多くなってしまうんですよ。でも本来、プログラミングは「好き」を原動力に自分を表現する手段であるべきです。その「好き」を作りたくなった。
松下そうですね、純粋に楽しむことが高じて「仕事」につながれば最高です。
倉貫「好き」が大事なんです。例えばサッカー選手は、プロになる前に必ずアマチュア時代があります。もっと言ったら、最初は子どもの頃に「楽しいから」「面白いから」という理由でサッカーを始めますよね。他のスポーツもそうだし、ミュージシャンや役者なんかもそうです。僕はプログラマもそちらに近い世界なんじゃないかと思ってるんですよ。
でも今の職業プログラマはプロになってから学び始める人が多い。本質的には、まずは遊びの延長で始めて「自分はこれが得意かも、好きかも」と気づく瞬間があってこそ、プロへの道が拓けるはずなんじゃないかと。
でも今の職業プログラマはプロになってから学び始める人が多い。本質的には、まずは遊びの延長で始めて「自分はこれが得意かも、好きかも」と気づく瞬間があってこそ、プロへの道が拓けるはずなんじゃないかと。
松下なるほど。セタプロ部は、子どもたちが「プログラミングで遊ぶ場所」。
倉貫その通り。その「遊び」の経験こそが、将来楽しく幸せに働くための土壌になるんじゃないでしょうか。
「遊ぶように学ぶ」は、働き方から生まれた

松下私はセタプロの「遊ぶように学べる地域づくり」というコンセプトにすごく共感しているんです。これって、ソニックガーデンの「遊ぶように働く」というポリシーから来ていますよね。すごいいい言葉です。好きなことを仕事にできたら、「遊ぶ」と「働く」の境界はシームレスになりますね。
倉貫僕らの会社は創業から15年ずっと、『納品のない受託開発』というサービスを提供しています。これは、今ソニックガーデンで仕事をしてくれているエンジニア側からすると、1人月いくら、の仕事では発揮できなかったパフォーマンスを解放する、思い切り好きな仕事をするんだ、というビジネスモデルでもあるんです。
文字どおり遊びながら働くわけでも、いい加減に働くわけでもなく、真剣に一生懸命に、余計なことは考えずに「いいソフトウェアをつくる」ということに力を全振りできる環境でやっている。これがエンジニアとしてはめちゃくちゃ楽しいわけですよ。それこそ外から見たらまるで遊んでるように見えるくらい。
文字どおり遊びながら働くわけでも、いい加減に働くわけでもなく、真剣に一生懸命に、余計なことは考えずに「いいソフトウェアをつくる」ということに力を全振りできる環境でやっている。これがエンジニアとしてはめちゃくちゃ楽しいわけですよ。それこそ外から見たらまるで遊んでるように見えるくらい。
松下それで「遊ぶように働く」なんですね。
倉貫セタプロは対象が子どもだから、この感覚を「学び」に提供できるんじゃないかと思って。さっき挙げたサッカー選手の例のように「楽しいから」始めたことを、続けて磨いていくような。
松下スポーツやアートと同じような世界線、「働くためにやる」のではなくて「好きだからやる」。「遊ぶように学ぶ」んですね。
倉貫仕事でやり始めると、仕事でしかやらなくなっちゃう可能性が高い。そうじゃなくて、まず前提として「プログラミングが好き」を作りたかったんですよ。好きだから仕事にする、のほうが合理性が高いから。
なぜ「スクール」ではなく「部活動」なのか
松下セタプロを立ち上げるプロセスのなかで、倉貫さんはよく「いわゆるプログラミングスクールは作りたくない」とおっしゃっていましたよね。
倉貫「就職に有利だから」といったメリットが前提だと、その価値がなくなった瞬間にやらなくなってしまうんです。どうしても「スクール」だとその色が濃くなるような気がしてちょっと嫌だったんですよ。何かの見返りのためではなく、もっと純粋に楽しむ場にしたかった。だから、営利目的の薄い「部活動」。
松下プログラミングそのものが楽しい、と思えるための組織なんですね。逆に「好きになれなくなっちゃう」環境ってあると思いますか?
倉貫「自分で決めてやる」という部分がないと、好きにはなれないんじゃないでしょうか。言われた通りに作るだけ、強制されるだけでは面白くありませんから。どれだけ自分で創意工夫できる余地があるかが重要だと思ってます。
松下確かに。自分で考えて動かしてみて、思い通りに動く。その経験って大事ですね。
倉貫はい。今はまだ「プログラマになりたい」という中学生は稀な存在でしょうね。だからこそ、まずはサッカー選手やアイドルに憧れるのと同じような感覚で楽しめる裾野を広げたい。もちろん取り組んでみて「あ、向いてなかったわ」と気づいたとしても、一つの収穫だと思っています。
松下セタプロで学んだ子が優秀なエンジニアとなって、将来ソニックガーデンに入社する、なんていう投資的な見返りは考えてないんですか?
倉貫全く狙ってないですね(笑)。もちろん入ってくれたら嬉しいですが、それは確実性のない未来です。そんなことに期待するより、まずは土壌を作ることそのものを大切にしたいな。

フルリモート企業が、なぜ「リアルな場」にこだわるのか
松下私、ソニックガーデンといえばフルリモートの会社だから、当然「セタプロ部」もオンラインで考えてるのかなって思ってたんですよ。 でもなんとリアルで、しかも世田谷。土地への思い入れがあってのことなんですか?
倉貫なんで世田谷かって言ったら、ソニックガーデンの事務所があるから。
松下(笑)
倉貫なんでリアルにしたかっていうと、やっぱり技術を教えるなら実際に横についていたほうが効率がいいからですね。「徒弟制度」でも感じてるんですが、リモートで技術を基礎から伝授するとなると、教える側の負担がものすごく大きいんですよ。教育する時に一番大切なのは「結果」ではなく「過程」を見ることなんです。できあがったプログラムを見てダメ出しするだけじゃなくて、途中経過を見てアドバイスするんだったら、同じ場所にいて観察していることが大事。過程が見えれば教える側が介入しやすいですし。
松下なるほど「過程」ですか。確かに、一緒にいれば、後ろから覗いて「ここで迷っているんだな」とすぐに分かりますもんね。
倉貫そうなんです。進捗を聞くだけでは見えない悩みも、隣にいればすぐに見つけてあげられる。特に中学生なら、困ったときに先生にすぐ見てもらえる方が圧倒的に学習効率が高いですから。あと、同期の存在も影響が大きいと思っていて。
松下部活仲間、みたいな?
倉貫そんな感じの存在ですね。同じ場所に仲間や同期がいれば、「あいつが頑張っているから俺も」っていう刺激とか、 教え合うようなコミュニケーションが生まれたりします。これはリアルじゃないと味わえないものです。
だからこそ、まずは僕らのオフィスの一角を使った「リアルな場」から始めてみようと考えました。
だからこそ、まずは僕らのオフィスの一角を使った「リアルな場」から始めてみようと考えました。

回収を目的にしない投資と、続く未来の話
松下さっきも「セタプロで学んだ子が成長してソニックガーデンに入ってくれることは期待していない」っておっしゃってましたけど、それはセタプロをあえて「非営利型」の一般社団法人にした理由につながります?
倉貫つながります。「セタプロ部」は中学生向けですから、彼らが社会に出るのって、大学まで進んだとして単純計算で9年以上先になってしまう。それを「事業」と捉えて投資回収を期待してたら、会社としては見通しが立ちません。それに、地域の方々を主役として多くのプレイヤーに気軽に参加してもらいたいとも考えてますから、やっぱりソニックガーデンという「企業」とは切り離した形がベストかなと。
形としては会社だろうが営利だろうがどうでもよかったんですが、事業にして授業料をもらってしまったら、僕らの望む「遊び」ではなくなってしまう。であれば、一般社団法人という形で、しかも非営利で回していくってことが意義のあるいい活動になるんじゃないかなと思ってこの形になりました。
形としては会社だろうが営利だろうがどうでもよかったんですが、事業にして授業料をもらってしまったら、僕らの望む「遊び」ではなくなってしまう。であれば、一般社団法人という形で、しかも非営利で回していくってことが意義のあるいい活動になるんじゃないかなと思ってこの形になりました。
松下授業料をとる事業にしないことで、「好きだからやる」という軸が際立ちますね。
倉貫そうですね。採用への直結は考えていません。ただ「いいソフトウェアをつくれる人」を増やしたい。そのための道筋や型を見つけたいんです。
松下プログラミングが好きになり、それがキャリアへと続く道筋が整うのは理想的です。
倉貫 僕らはプログラミングを職人芸というか、ある種の「道」として捉えています。武道や茶道のような長く続く取り組みですね。最終的に、ソニックガーデンという「流派」の型を身につけていけるような「プログラミング道」の筋道が見えたらいいなと思っています。
松下終わりのない、すごく奥行きのある「道」としての学びなんですね。

AI時代の「物差し」と、今ここにある幸せ
倉貫生成AIの進化で、将来プログラマという仕事がどうなるかは分かりません。もしかしたら再来年くらいには僕ら失業しててもおかしくない、かもしれない。でも、たとえ仕事としてのプログラミングが成立しなくなったとしても、僕はやり続けると思います。だって「好き」だから。目的合理性だけで考えれば「AIに任せればいい」ってなりますが、それは「魚はスーパーで買えばいいから釣りなんて無駄」と言うようなものじゃないですか。
松下「将来どうなるか」を憂いて、今を犠牲にするのはもったいないですよね。ユイロでは生徒たちに人生の幸せ度を定点観測してもらってるんですが、結局、感じられるのは「今のこの瞬間」だけなんです。未来のために今を不幸せに過ごすのではなく、今この瞬間がハッピーであることを基本にしたい。倉貫さんが釣りに例えた通り、ただ「楽しむ」ことは人生を豊かにする最強の理由になりますよね。
倉貫 そう。効率だけを求めて「何もしないほうが得」という世界観は寂しいじゃないですか。「ソフトウェアを生み出す」という行為自体は、たとえ手段が変わってもゼロにはならない。むしろ、本当に「いいものをつくれる人」の価値は高まっていくはずです。
松下偏差値や経済指標という「物差し」はあってもいいですが、それが全てではありません。「好きだから」という動機は、どんな環境の変化にも折れない、人生を続けるための強さになる気がしています。
倉貫 子どもがサッカー選手やケーキ屋さんに憧れるのと同じように、プログラミングに憧れ、没頭する子がいていい。セタプロを通じて、技術に没頭することに幸せを感じる人たちの「きっかけ」や「受け皿」を地域の中につくっていきたいですね。
松下このセタプロで、「遊ぶように学べる地域づくり」ができるのは、すごくワクワクするお話ですし、あらためて今日、その気持ちを強くしました。好きな気持ちを大事にしながら生きていける場を、世田谷から広げていきましょう。
