株式会社SonicGarden(ソニックガーデン)
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第二回「倉貫義人が語る、ソニックガーデンできるまで」 2012年09月12日

本連載では、同社CEO兼創業者の倉貫義人が、ソニックガーデン誕生前夜の秘話を、その半生とともに赤裸々に語ります。(全4回の予定)


時は1999年。大学院を卒業し、日本に二社しかなかったオブジェクト指向に取り組む専属組織を持った会社を、ここぞと選んで入社した倉貫さん。しかし、まさに入社したその日にオブジェクト指向推進室解散の辞令が発されるという、まさかの事態にー。

何もしないで逃げ出すのはイヤ!

「オブジェクト指向を極めたい」と入った会社で、オブジェクト指向を推進する部署が解散の憂き目となってしまいました。腕に自信のある倉貫さんは、辞めてやるとか、考えなかったんですか?

それはなかったですね。何もしないでしっぽを巻いて逃げ出すのはいやでしたから。それと、もともと物事を悪く考える質でもないものですから。

「このままじゃ、オレの人生台無しだ」みたいな後ろ向きの考え方はしなかったと。

そうですね。それに、配属先の上司に恵まれましたから。解散したオブジェクト指向推進室におられた技術志向の方で、その人と気が合って認められたのが幸いしました。それに、もともと、現場でプログラミングすることは嫌いじゃなかったですし。金融部門でCOBOLやれって言われてたらわかりませんけど、私が配属された産業部門はそのあたりはわりと自由でした。配属された直後のことなんですけど、先輩がCORBAの技術研修で何日か出払ったことがあって、やることがないんで、自分もCORBAの独学をしてたんです。そしたら、技術研修に参加した先輩よりいいCORBAのプログラムが書けるようになっていて、「なら、お前でいいじゃないか」ってことになっちゃって(笑)。そんな具合だったんで、プログラミングの現場では重宝されて、一年目なのに火を噴いている大規模プロジェクトに投入されたりして、結構活躍しましたよ(笑)。

入社前の本意とは違ったけれど、それなりの働き場を得られたということですか?

そうですね。そして、そこで大切なことに気づいたんです。

まず、誰かが作った仕様書通りにプログラムを組むのは面白くない。つまり、大学でやっていたプログラミングとSI企業でやるプログラミング、同じプログラミングの間に、これだけのギャップがあるのかってショックを受けましたね。しかも、みんな楽しそうにプログラミングしていない。僕はプログラミングの楽しさを知っている。でも、みんなはプログラミングの楽しさを知らない。これは何とかしないと、この先プログラマを続けていくのはしんどいぞって思ったんですね。それで、何かを変えないといけないって感じました。

それから、もう一つが「どうやらどんな優秀なプログラマでも、一人で火を噴いたプロジェクトを立て直すことはできない」ってことです。僕は当時すでに自らエースプログラマとしての自負を持っていました。でも、上流工程で決められた仕様書通りにコーディングするだけだと、プログラマだけでは解決できない問題がいっぱいあるんです。これは何かおかしいと思った僕は、その火を噴いたプロジェクトが”どうして火を噴いたのか”、原因調査のために関係者にインタビューして回ったんです。そうしたら、意外なことがわかりました。開発工程の下流はまさにデスマーチと化していたんですが、上流工程はそんなことないんですね。お客さんといい感じでノミュニケーションとかして、ハッピーな感じだったわけです。これは開発の進め方に問題があると言わざるをえない、と気づいたんです。

XPとの運命の出会い

でも、このころ、まだ入社一年目くらいですよね。反省インタビューして回るなんて、すごい行動力ですね。それに、最近は入社して3ヶ月で辞めちゃう若者も多いようですが、倉貫さんはあきらめませんね。

さっきも少し言いましたけれど、イヤになったから辞めるって言うのは、負けた気がしてイヤだったんです。僕、ものすごく負けず嫌いなんで。それに、会社が嫌いだったわけではなかったですから。上司には恵まれていたし、会社の人たちは、プログラミング能力はさておき(苦笑)人間的にはとてもいい人ばかりでしたから。そんな中で、あるかどうかもわからない理想の職場を求めて転職するのは、リスクが大きいと思ってました。それなら、できるだけのことをやろうと。それでもダメなら、自分から辞めようがクビになろうが、食っていく自信はありましたから、怖いものはなかったんです。それと、何にしても、やりたいって思うことはやりたいって言うのが信条でした。言うだけならタダですし、言ってみてやらせてもらえればよし、ダメならその時はその時です。

なるほど。倉貫さんらしいですね。でも、不本意な職場で、いくつもの気づきがあったというのは、まさに奇縁ですね。

縁ということで言えば、サラリーマン生活2年目に大きな出会いがありました。その夏に、上司の配慮を得て、オブジェクト指向に関する社外セミナーに参加させてもらったんです。まったく業務と関係なかったんですけど、3ヶ月の間、月に2回くらいの頻度のセミナーでした。今にして思えば、とても贅沢な講師だったんですけど、毎回違う方がとても面白い話をしてくれました。中でも、平鍋さん ※1 が紹介してくれたエクストリーム・プログラミング ※2 に惹かれました。そうして、これは面白そうだということで、ケント・ベック ※3 の本を読み込んでいったら、そこに僕のイメージした理想の姿があったんです。この本は「自分がいい」と思ったことを肯定してくれる。抱えていたモヤモヤが解決できるかもしれない。だから、これは広めないといけないって思いました。それで、まずは社内で勉強会を立ち上げようとしました。エクストリーム・プログラミングの勉強会をやりましょうって、部内の40~50人にメーリングリストで声がけしたんです。

注1 平鍋さん 平鍋健児氏 株式会社永和システムマネジメント代表取締役副社長 株式会社チェンジビジョン代表取締役社長 1989年東京大学工学部卒業後、3次元CAD、リアルタイムシステム、UMLエディタJUDEなどの開発を経て、オブジェクト指向技術、アジャイル型開発を実践する「見える化」コンサルタントを生業としている。(出典 永和システムマネジメント社ウェブサイト)

注2 エクストリーム・プログラミング (Extreme Programming, XP) ケント・ベックらによって定式化され、提唱されているソフトウェア開発手法である。柔軟性の高い開発手法であるため、難易度の高い開発やビジネス上の要求が刻々と変わるような状況に向いた開発手法である。事前計画よりも柔軟性を重視する。1999年に書籍Extreme Programming Explained - Embrace Change(邦訳『XPエクストリーム・プログラミング入門―ソフトウェア開発の究極の手法』)によって発表された。(出典Wikipedia)

注3 ケント・ベック (Kent Beck) エクストリーム・プログラミング (XP) の考案者でアジャイルマニフェスト (Agile Manifesto) の起草者の一人。デザインパターン、テスト駆動開発、Smalltalkに関する書籍の著者であり、CRCカードの普及に貢献し、SUnit(Smalltalkのユニットテストのフレームワーク)やJUnit(Javaのユニットテストのフレームワーク)の開発に携わった。(出典 Wikipedia)

やりますね。反応はどうだったんですか?

それが反応ゼロでした(爆)。まったくのゼロ、誰一人何も言ってきませんでした。今にして思えば若気の至りってやつですね。興奮して熱に浮かれたような案内だったんで、みんな引いちゃったんでしょう。それを機に社外のコミュニティに参加するようになりました。中でも、XPJUG ※4 にはしょっちゅう出入りするようになりました。XPUJGでは、社内に仲間がいない人たちが集まって精力的に活動していて、色々な人が書籍を出版したり、講演をしていました。そんな様子を見て、最初は「すごいな、でも自分には縁が無いな」と思っていたんです。でも、飲みに行って話してみると、そんなに特別な人じゃない気がして(笑)。これなら、僕にも情報発信できるんじゃないかって思えて。そう思ったら、だんだんやりたくなってきて。それでどうしたら自分でもできるか、考えたんです。

注4XPJUG 日本XPユーザグループ アジャイル開発プロセスのひとつ、XP (eXtreme Programming) を広める活動を中心に行っているコミュニティ(出典 日本XPユーザグループ公式ウェブサイト)

それで、具体的にはどうされたんですか?

社内で実際にXPスタイルの開発をやって、その成果を発表すればいいんだって気づいたんです。それで、社内で率先してプロジェクトリーダーを引き受けて、その成果を発表したんです。それから、XPの普及(布教?)活動もやりました。他人がやりたがらない新人のOJT研修も積極的に引き受けて、まだよくわかっていない若者にXP、つまりアジャイルのすばらしさを教えてあげました。そして、火が付いたプロジェクトにもあえて自ら飛び込みました。そこで、だまって「アジャイル・アプローチ」を取り入れたら、結構うまくいくんですよ。もちろんうまくいかない場合もありましたけど、だまってやる分にはアジャイルにはキズもつきませんしね。そうして、会社で取り組んだ成果をXPJUGで報告したんです。

人事を尽くしたら天命が下った!?

本当にできるだけのことをやりましたって感じですね。事態は好転しましたか?

そうですね。2003年になって、社内で1999年に実施した方針転換の揺り戻しが起きました。1999年の方針転換は、SIとしての競争力を、技術力よりも管理力(人手やコストをやりくりする力)に求めようという印象だったんですが、数年経って、新しい技術、高度な技術に先駆的に取り組む必要もあるということになったんでしょう。オブジェクト指向、ネットワーク、データベース・モデリングといった技術テーマ毎に、社内で最も優秀なエキスパートを集めた基盤技術センターという組織が発足しました。最初の年は5~6人だったと思います。

そこに呼ばれたというわけですね。すごいですね。

そのころは会社も多少アジャイルに関心があったんでしょう。でも、当時アジャイルについて社外で情報発信しているのは僕ぐらいでしたから。

その異動でよかったことが二つありました。一つ目は社外に情報発信するのが”公務”として認められたことですね。XPの海外カンファレンスの発表に審査が通ったんで、会社の経費で海外出張させてもらいました。

もう一つは、一つの現場につかることがなくなったということです。そのころの僕の仕事は、アジャイルだったり、Javaだったりといった技術を社内で必要としている現場を支援することで、コンサルティングをすることもあれば、自分で受けることもありました。それから社内に対して情報発信もしていました。

ようやく順風が吹いてきた感じですね。

そうですね。社内では既存の開発現場にアジャイルの意識を注入し、社外ではアジャイルのコミュニティに現場で得られた知見をフィードバックする。そんな日々が数年続きました。その間に、XPJUGの中でもだいぶプレゼンスが上がっていて、長瀬 さん ※5 の引退を機に二代目の会長に指名されました。

注5 長瀬さん 長瀬 嘉秀氏 株式会社テクノロジックアート代表取締役 東京理科大学理学部応用数学科卒業後、朝日新聞社を経て、有限会社テクノロジックアートを設立。XPJUGの初代会長。(出典 テクノロジックアート社ウェブサイト)

会社では係長を拝命して、チームには20人ほどの仲間がいました。新人の時にOJTでアジャイルのよさを教えたりした若い連中もいて、自分で言うのも何ですけれど、けっこういいチームに仕上がってきました。

でも、そこでまた大企業で働くとはどういうことかを学ぶことになりました。

といいますと-?

2005年の秋のある朝でした。会社から突然チームの解散を命じられたんです。そのころ、会社は社運を賭けた一大プロジェクトが走っていたんですが、うまくいっていなくって(笑)。そこに優秀な人材を投入することになって、せっかく育ててきた仲間を根こそぎ持っていかれてしまったんです(笑)。さすがに、「サラリーマンってホントに大変だなぁ」と痛感しました。後に残されたのは、僕と入社2年目のほぼ新人君の二人だけ。事業計画で予定していたことが何もできなくなって、明日から何をしたものか、顔を見合わせて、しばし呆然としていました。


会社から突然チームの解散が命じられ、せっかく創りあげてきたチームが即刻解散に。不屈の男、倉貫はどのような行動を取るのか..


倉貫義人の略歴
1974年 京都府向日市に誕生
1993年 高校卒業、大学へ進学
1997年 大学卒業、そのまま大学院へ進学
1999年 大学院を卒業、東洋情報システム(当時)に入社
2003年 XPJUG会長に就任
2009年 社内ベンチャー「ソニックガーデン」をスタート
2011年 ソニックガーデンをMBO


 インタビュアー/ライティング:古田英一朗

【お知らせ】ソニックガーデンの本が出ました!

リモートチームでうまくいく~マネジメントの"常識"を変える新しいワークスタイル

企業に所属することで得られる安定と、自分の好きな場所で働く自由を両立できる新しいワークスタイルとして注目を集めている「リモートワーク」。本書はそのリモートワークが抱える問題に対してソニックガーデンが実践してきた取り組みと、そのノウハウから生まれた「リモートチーム」というマネジメントの手法についてまとめています。あらゆる組織、チームのマネジメントと個々人の働き方を考えるヒントとなる一冊です。(著者:倉貫義人 出版:日本実業出版社)

「納品」をなくせばうまくいく~ソフトウェア業界の"常識"を変えるビジネスモデル
「納品」をなくせばうまくいく 表紙

本書は、IT業界の、とりわけソフトウェア開発の業界で〝常識〟とされているビジネスモデルを変えてしまおうという試みです。ソフトウェア業界にはびこる多くの問題を解決するために取り組んだ新しいビジネスモデル「納品のない受託開発」について書いています。「受託開発」なのに「納品」をしない、なぜそんなことをやっているのか、そして、なぜそんなことが実現できるのか、その秘密について解説したのが本書です。(著者:倉貫義人 出版:日本実業出版社)