「新しい働き方」というと、「若い人だからできること」という雰囲気がする。しかし、人生100年時代。新しいモードにシフトを求められているのは、むしろ中高年世代なのかもしれない。「自分はもう歳だから、そんなことは出来ない。」それでいいのだろうか。
オフィスなし、上司なし、評価もなし。でも年々増収を重ねているソニックガーデンは、働き方改革の急先鋒として注目されている。その中に飛び込んだ53歳の挑戦について、ソニックガーデン代表の倉貫義人氏と上田幸哉氏にインタビューした。
インタビュアー:落合 絵美(おちあい えみ)
(Kiss and Cry PRコンサルタント /ライター/フォトグラファー)
1982年生まれ。埼玉県出身。早稲田大学第二文学部・表現芸術系専修卒。
子供の頃から文章を書くことを好み、19歳から出版社でインターン勤務。大学卒業後、高額商材の販売員を経て出版社に復職。在職中に「せっかく良い本を作っても、マーケティングとPRがわからなければ犬死だ」と痛感しPR会社に転職。コンサルティング会社、IT企業、出版社、クリニックなどの広報を幅広く担当。
一方で、プロボノとして複数のNPOの運営に関わったのち、ライターとして情報発信も開始。2018年より独立。広報のコンサルティングを行う。ライター、フォトグラファーとしても活動中。日経xwoman(クロスウーマン)プロジェクト アンバサダー。
https://www.kissandcry.me
管理のない会社、ソニックガーデン
⎯
まずソニックガーデンについて簡単に紹介していただけますか?
倉貫
私たちソニックガーデンは「納品のない受託開発」を主幹事業としています。通常の受託開発は納品したらおしまいですが、我々は顧問弁護士のように、ずっとお付き合いしてサポートしていく形を取っています。ITに関するご相談から、事業を成長さるためのサポートや社内環境の改善まで、ITの側面から「顧問」としてサポートしていく、お客さんとの信頼関係を続けていくビジネスです。
⎯
ありがとうございます。御社は、働き方改革の分野で知られていますが、具体的に他の会社さんと何が違うんですか?
倉貫
そうですね。僕らは「顧問エンジニア」なんですが、客先を訪問することがありません。打ち合わせもテレビ会議。お客さんのところに一切行かなくてもいいということは、もしかして会社に来なくてもいいんじゃないかと気づきまして、今40名いる社員全員が、日本全国で在宅勤務をしています。
⎯
社員全員がリモートワークですか。すごいですね。
倉貫
リモートワーク、テレワークが今働き方改革の中で話題ですので、その中でもわれわれの会社が一番とがった形だということで、注目していただいているのかなと。
⎯
そうなると管理の面で、誰がどこで何してるのかが分からなくなってしまうと思うのですが、ご不安はないのでしょうか?
倉貫
昨日と今日とで同じことをするわけではないような再現性が少ない仕事を私は「クリエイティブな仕事」と定義しています。そういった意味でプログラミングという仕事はクリエイティブ。クリエイティブな仕事って、管理すればするほど生産性が上がらず、逆に本人がやりたいことや考えていることを、仕事の成果に結びつけてもらうことの方が、より高い品質や生産性を産むんです。
⎯
なるほど。「管理しない」というのは生産性をあげる側面もあるんですね。
倉貫
それに気付いて少しずつ管理を外していったら、どんどん成果があがったんですよ。そこからもう徹底的に「管理しない」方針です。自分で自分を「セルフマネジメント」して成果を出してもらう、現在進行形でそんなチームにしています。だから今はもう勤務地もバラバラ、上司も管理職もいない状態でもみんな成果をあげてくれています。
派遣、多重下請け構造のSI一通り経験した中で「納品のない受託開発」に出逢った
⎯
では、そんな中で働いてらっしゃる上田さんですが、どういった経緯でソニックガーデンに?
上田
1番に惹かれたポイントは「納品のない受託開発」ですね。僕はIT業界で25年ほど過ごしまして、その中で派遣も、多重下請け構造のSIも、大体ひと通り渡ってきたんですが(笑)。
上田
その中でいろいろジレンマがありました。そういうもやもやしたものを抱えつつこれからの自分のキャリアについて模索しているときに、倉貫さんのブログが目にとまったんです。それでソニックガーデンについて調べてみて、「ここで一緒にやりたい」と思いました。本当にもうスペシャルな集団でしたね。当時まだ5~6名ぐらいだったので。
上田
当時僕はプログラミングから離れて管理職とか企画の仕事をしていたので、同じキャリアでジョインするのは難しいかなっていうのはあったんですけど、もうダメ元で門をたたいてみようと、なんか動かないと始まらないなと思って倉貫さんにメールしたのがきっかけです。
⎯
ソニックガーデン以外に個人でお仕事を受けたりもしてるんですか?
上田
ええ。ソニックガーデンがメインですけど、すでに個人事業主でした。40半ばぐらいから、やっぱりプログラミングをやりたかったので、会社の仕事とは別に副業としてやっていました。
倉貫
大きな会社で管理職してる人が、管理職のいない会社に転職してくるって、普通に考えたら絶対うまくいかないと思いますよね。でも上田さんはずっと若いうちから、管理職の仕事をしながら副業でプログラムの仕事をやっていた。本業以外のチャレンジがあって経験を積んでいた。それが、上田さんにソニックガーデンに入ってもらった理由のひとつです。
⎯
下準備ができていた状態でソニックガーデンに来たわけですけれども、今はどのように働かれていますか?
上田
最初の3年ぐらいはソニックガーデンのメインである「納品のない受託開発」のバーチャルCTOをやっていました。「納品のない受託開発」には、「新規事業」と「業務改善」という大きな柱が2つあるんですけど、その業務改善側──「業務ハックサービス」と呼んでいるんですが、そのフロントを主に担当しています。
⎯
「フロント」というのは具体的にはどのような内容でしょうか?
上田
簡単に言うと、お客さまからのファーストコンタクト対応ですね。相談を受けて、それをどう解決するか、どう導けばわれわれと一緒にやっていけるか、それを考える仕事です。
⎯
じゃあ、御社の場合、何か問い合わせが来たら、まず上田さんのようなポジションの方がお話しして、方向性を決めて、適してるエンジニアさんに振って、という手順なんですね。
上田
そうですね。「新規事業」と「業務改善」2つの窓口があって、それぞれフロント担当が一緒に相談してどちらが受けるかを決めて、お客さまと何度かミーティングして、本格的に「一緒にやりましょう」というところまで持っていく感じですね。
倉貫
僕らは基本的に営業社員がいないんですよ。だから仕事の窓口は基本的にはお問い合わせからです。「顧問」として長くお付き合いしていくことが大前提ですから、お客さんのお悩みを聞いて、何度もやりとりして、なんならお茶飲み友達になって(笑)。
上田
そうそう(笑)。
倉貫
そうやって信頼関係を築いて、本当にわれわれがお手伝いできるなというのが分かってきた段階で初めてプロジェクトになるんです。その信頼関係を築く最も重要なビジネスのポイントに、上田さんがフィットするんです。お客さん側からまず安心していただけます。
完全リモートワーク、でも「在宅」だけではない働き方を選んだ
上田
してないですね。
⎯
自宅に作業場があるんですか?それとも、カフェとか、外でお仕事を?
上田
僕は家の近くにマンションを借りて、そこで仕事をしてます。
上田
そうですね、僕の場合は。最初ソニックガーデンに来たときは、リモートワークって概念もそんなになかったんですよね。1人兵庫のメンバーがいましたけど、みんな基本的には事務所でやっていたんです。でもまあ、まず倉貫さんが来なくなって(笑)。
上田
そこからリモートワークも徐々に浸透していって。僕も通勤に時間がかかるので、家でやったほうが楽だったので…。でも家にいると妻が嫌がるんですよ。これまでずっと出勤していた僕が家にいるということは、妻の感覚的には「休み」なんです。お父さんが家にいるっていうのは「休み」。ようやく子育ても一段落して、妻も家でゆっくりしたいっていうときに、僕がずっと部屋にこもってて、昼になるとごそごそ出てきて、食べてまた仕事して…。
⎯
確かに奥様の気持ちを考えるとちょっと、、、という感じがします。
上田
そういうのにやっぱり慣れないわけですね。これは新しい気づきでした。そこで、最初はコワーキングスペースとか、カフェとか、色々行ったんですけど、やっぱりテレビ会議がね、できない。
上田
ということで会社と相談して、じゃあ、ちょっと近くに作業場を借りて…っていうことで。家から自転車で10分ぐらいですが、そこに出勤して僕は仕事をしてる(笑)。
⎯
今、会社にって言いましたけど、そこを借りるお金はソニックガーデンが出してるんですか?
倉貫
そうです。経費。要望があればそういうお金は出します。
上田
一部負担ですね。
⎯
すごい、それいいですね。うらやましい(笑)。やっぱりご自宅で働いたほうが楽ですか?
上田
自宅っていうか、通勤がないというのが、かなり精神的にも体力的にも違いますね。時間が有効に使えるのがいい。ただ、僕みたいに家で仕事しづらい環境っていうのもあるんですよ。
上田
これって家族年齢によるものなんじゃないかと思っていて、ソニックガーデンは今、子どもがちっちゃいメンバーが多いんですけど、そういうときは家にいて家族でお互いサポートしながら在宅勤務というのがすごくいい形になったりするんです。でもある程度子供が自立してくると、みんなそれぞれのテリトリーでやったほうが良かったりする。
⎯
上田さんの他にもオフィスを借りている方はいますか?
上田
家の近くでオフィスを借りてるのはもう1人います。やっぱり子どもが大きい人ですね。こういうのもやってみないと分からなかったですよ(笑)。
成果を出すために、年の離れたメンバーとのコミュニケーションも積極的に取りに行った
⎯
今はそんな風にベストな働き方をされてるということなんですが、ソニックガーデンに来たばかりの頃は、大企業と勝手が違って混乱することもあったんじゃないですか?
上田
たとえば、当時からソニックガーデンには「管理」という概念がなかった。だから採用段階においても指示を出されないんですよ。「次にいつ面接に来てください」とかそういうのもないので、こっちから働きかけないと採用が進まない。
上田
そこから自分で動かないとダメだなっていう意識になりましたね。実際入社してもそんな感じでした。ただそれまでずっと既存のメンバーと接点を持ったり、アルバイトみたいな感じで仕事したりはしてたので、大体の働き方はわかってました。指示されるようなものでもないし、自分でなんかしないといけないし、困ったら相談するしかない。そこはわりと自然に。
⎯
自然に入られたっていうのがすごいと思います。全く動揺しなかったんですか?
上田
環境面はわりとスムーズでしたけど、バーチャルCTOをやるためには、既存のソニックガーデンのメンバーと同じような技術力を持たないといけないじゃないですか。自分も副業を通じて勉強してきたつもりでしたけど、やっぱりどうしても中心でやってるメンバーには敵わない。
上田
みんな30代前半で、僕は40後半。でも、自分にわからない、できないことは素直に相談したり、コミュニケーションを取らないといけないと思って、よく飲みに行ったりしました。若いメンバーと(笑)。
上田
その頃はみんな渋谷の事務所に来てたんで、逆に良かったですね。
⎯
自分より若い人に相談するのが恥ずかしいって思う人は多いんじゃないかなと思うんですが…。
上田
思います。変なプライドとか、キャリアとかが邪魔してね。
⎯
そうそう。「俺のやり方」みたいなものがあると思いますし。上田さんは比較的乗り越えやすかったですか?
上田
正直に言えば、少し葛藤しましたよ。今までは完全に年功序列だし、会社にいたら「上田さんに聞けばなんでも分かる」なんて言われるわけじゃないですか。管理職も経験して、それなりのキャリアも積んできてるんで。そういう環境とは全然変わるわけです。前はヒエラルキーがあるところにいたのが、今度は全然ない。
⎯
そこはもう「そういうもんだ」と思って割り切った?
上田
ええ。じゃないと成長できないし、お客さんにも迷惑がかかるわけです。もう案件も持ってやらないといけないし。でも、僕は前職が渋谷だったので、入社前に、仕事が終わってからよくソニックガーデンのオフィスに遊びに行ってたんです。そこでもう接点があった。
それで飲み会に誘ってもらったり、コミュニケーションしてある程度関係を築いてましたから。何より、働いてるメンバーがみんないいやつなんですよ(笑)。
倉貫
(笑)
上田
みんなすごい技術を持ってるのに天狗にならないし、すごく素直で。そういうところに助けられました。だからもうね、最初にさらけ出したんですよ。ソニックガーデンの取締役に2人若い創業メンバーがいるんです。その2人を呼び出して飲みに行って「今日からはあだ名で呼ばせてくれ」って。
(一同笑)
上田
そうそう。「でも、俺はまだできないから、色々聞くと思うけどよろしく頼みます」って。
上田
後です。3人で飲みに行って。「何言ってるんですか、上田さん!」なんて言われて。そこで酒を飲んでベロベロになって帰ったっていうあれですけど。
⎯
すごく積極的にコミュニケーションしようとしてますよね。
上田
そこで働くわけだし、ずっとこれからも一緒にやっていく仲間だろうと思ったので。放っといても、半年、1年経ったら自然にそうなってるかもしれないですけど、それよりも少しでも早くこの関係に溶け込んだ方がメリットもあるし。さっきも言いましたけども、お客さんがもういるので、自分だけでやってても絶対成果は出ないし。だから思い切ってもう。
後編は上田氏から「長く働く秘訣」、「いくつになっても働き続けられるヒント」をお聞きしています。
また、今後のチャレンジをインタビューした際に、社長の倉貫氏が知らないところでの新会社設立のお話までお聞きすることができました。当インタビューのメインコンテンツですので、ぜひお読みください。
次:「好き」が仕事を連れてきて、「楽しい」が仕事を自由にする。【後編】〜長く働く秘訣は自然体なコミュニケーション〜
ライター:土佐光見(とさ みつみ)
webショップの企画運営、web制作、ディスクリプションライティングを経験し、フリーランスに。リモートで働く二児の母。趣味は読書、観劇、俳句。