初の国際学会発表を終えた「納品のない受託開発」発表までの道のりをふりかえる


2014/11/16〜21まで、香港において開催されたソフトウェア開発に関する国際会議 FSE2014(Fodundations of Software Engineering) にて、弊社代表の倉貫が「納品のない受託開発」について発表しました!

FSEは SIGSOFT という、 ACM (米国を中心とする計算機科学分野の国際学会)の中でもソフトウェア工学に特化した団体が企画・運営している国際会議です。この会議では、普段ソフトウェア開発を実践している人達と、アカデミックな場で研究をしている人達に発表の場を設けています。

お互いに意見を交換していくことでソフトウェア工学全体を向上させる目的で毎年開催され、例えば「Github(*1)でオープンソースへの貢献度をどう評価するか」であったり「より開発をしやすくするツールのデモンストレーション」や「テストと開発をどのようにバランスを取っていくか」といった発表がされています。( 発表タイトル一覧 )
(*1)Github(ギットハブ):ソフトウェア開発プロジェクトのための共有ウェブサービス。

今回論文が採択されたのは、InnoSWDev(Innovative Software Development)というワークショップで「継続的なDevOps(開発・運用)」と「クラウド活用のソフトウェア開発」がメインテーマでした。

発表した内容は、 日本のソフトウェア受託開発で発生する課題 と、 それらの課題を解決する「納品のない受託開発」でのソフトウェア開発方法 についてで、海外の反応を知ることができる絶好の機会でした。

発表スライド

プレゼン発表後、携わったメンバーで振り返りを対談形式で行い、論文の投稿から発表までの困難や新しい気付きについて話しました。

日本では、書籍も発売され徐々に認知度が広まってきた「納品のない受託開発」。はたして、初の海外に加えアカデミックな場での発表で「納品のない受託開発」は受け入れられたのでしょうか?

メンバー紹介

牛尾 剛

大手SIベンダーでSEやPMとしての経験を積み、アジャイル開発の先進的な事例を仲間と一緒に作り上げた実績をもつ。著作に「ITエンジニアのゼロから始める英語勉強法」や「オブジェクト脳のつくり方」がある。

山崎 進

北九州市立大学国際環境工学部・大学院国際環境工学研究科 講師。「ソフトウェア工学をどう教えるか」を研究テーマに、「IT・組込みシステムを活用・開発する多能工プログラマを育成すること」をミッションに掲げ、プログラミングを教えている。

安井 力

オブジェクト指向技術からアジャイル手法に傾倒し、プロセスとファシリテーションを中心にコーチングやメンタリング、ときにはプログラマやメンバーとして、チームがアジャイルになるための支援をしている。

国際学会に参加することになったワケ

倉貫
2014年に 納品をなくせばうまくいく 」という書籍出版したこともあり、「納品のない受託開発」に関する講演を沢山する機会を頂いて全国で講演を行っていたんです。 その中で参加いただいていた新谷さんという方がとても興味を持っていただいて、国際学会での発表してはどうか、という話を頂きました。
山崎
講演での出会いが今回のFSE発表につながっているんですね。
倉貫
そうなんです。この新谷さん、実はこのFSEで行われるワークショップのプログラム委員の一員だったのですが、 発表するには、もちろん特別に招待して頂く訳ではなくてきちんと論文を提出して採択されなくちゃいけなかったんですね。
牛尾
ワークショップのプログラム委員の一員の方だったんですか!
倉貫
そうなんです。しかも国際学会なので、英語での論文になります。英語の論文は苦手なので躊躇しました(笑)それと、日本のIT市場が抱える課題については詳しいつもりですけど、国外での状況については不勉強で知らなかった。なので、ソニックガーデンが提唱し実践している 「納品のない受託開発」というビジネスモデルがそもそも国外で受け入れられるのか不安でした。
安井
まずは論文が採択されなければ香港での発表ができない!ということでなんとか論文を仕上げて提出しましたね。それで見事1ヶ月ほどして採択されて今回の香港での発表となった。
倉貫
そう。慣れていない論文作成大変でした。採択された時に少なくとも、扱うテーマとソリューションについて国外でも評価されたんだな、とひとまずは一安心しました。

「納品のない受託開発」初の海外進出へ!

倉貫
英語の論文って慣れてないので困ったなと思って、まず最初に思い浮かんだのが山崎先生でした。 山崎先生とは実際に研究室の学生とソニックガーデンのエンジニアとでコードレビューを行ったりしていて交流があったので、アカデミックな仕事をしていらっしゃるし心強い なと。ただ、山崎先生も忙しいし、もし断られたら今回はあきらめようと思ってました。
山崎
私は、その話を倉貫さんから聞いた瞬間すぐに参加を決めました。(笑) ソフトウェア工学研究者として、この仕事をさせてもらえるのであれば他の仕事投げ出してでも是非参加させてもらいたかったんです。
倉貫
そして、牛尾さんとは、この 国際学会の話が出てくる前から、「納品のない受託開発」をメソッド化 (*2) できないかと話をしていたんで、 そのまま参加してもらいました。
(*2)メソッド:再利用性や生産性を高めやすくするために、汎用化すること。
牛尾
普段のアジャイル(*3)のイベントとかだと、簡単な1枚ぐらいの紙を出せば発表できてたんで、今回もそんな感じでいいのかなと思ってました。
(*3)アジャイル:『すばやい』『俊敏な』という意味。反復 (イテレーション) と呼ばれる短い開発期間単位を採用することで、リスクを最小化しようとする開発手法の一つ。

だけど、山崎先生から論文についての概要を聞いたら、どんどん論文を書く作業っていうものが、すごい工数のかかるもので、ヤバイと思ってきたんです。そこで、 英語のスペシャリストとして安井さんに入ってもらいました。

「納品」isn’t 「deliver」!!

山崎
「納品のない受託開発」を論文にするにあたって、他の人は普段論文を書いていないんで僕が主導で最初始めたんですよ。それで、いくつか論文のアウトラインを倉貫さんに提案したんですが、どれもめちゃくちゃにダメ出しされてへこみました。(笑)

論文には本来無くてはならない参考文献も倉貫さんが「他のアジャイルに関する論文とか読んだこと無いから、エクストリームプログラミングの本だけでいいです。」って言い出したりして。
倉貫
最初はアジャイルのイベントだと思ってるから、論文がどこまでできればいいのかイメージできてなかったんですよ。
山崎
なので、だいたいの論文の章立てをして、 「もう倉貫さん!書いて下さい!」 って。
牛尾
それが良かったのかもしれません。やっぱり 最初の日本語の文章を倉貫さんに書いてもらって、倉貫さんの頭の中の考えを出してもらう。そこから、違う文化の人でも分かるように英語にしていったのが良かった。
倉貫
あと、安井さん以外の三人は「納品のない受託開発」について、ある程度の知識が既にあって、初めて「納品のない受託開発」を聞く聴衆の人達を想定しにくかったんですが、 安井さんが、英語化するにあたって疑問点を出してくれたおかげで、より分かりやすい内容になりましたね。
安井
倉貫さんの文を読むと、すごいロジカルに書かれているのに、 英語にすると「あれ?」ってなるんですよね。 なんでなのかな?(笑)
山崎
私も感じました。その中でも、一番訳すので難しいのが「納品」という言葉でした。 和英辞典で調べれば「deliver」って載ってるけど、なにか合わない。
牛尾
文化が違うと言葉のニュアンスも変わってしまうんですよね。 実際に「納品」って言葉をwikipediaで調べても英語のページってないんですよ。 海外だと"Custom software development service"っていう事業をやっている会社もあるけど、やっぱりソニックガーデンがやってることとは違う。 だから、もう 「Nouhin」でいいや ってなりました。けど、そっちのほうが、無理矢理ほかの概念とひとまとめにしないで、誤解を与えずにすんだと思います。
倉貫
「納品のない受託開発」で「納品」って言葉使ってますけど、 大事な部分は「納品」ではなくて、それを開発運用していく方法なんですよね。 けど、 日本でマーケティングを行うときに「納品をなくす」っていうとインパクトがでかい。 だから「納品」って言葉を使っていました、 「納品」っていうのが日本のビジネスモデルに合っている言葉なんですよね。

ドキドキの学会発表

実際のプレゼン発表動画

牛尾
論文が採択されて、いよいよ香港での発表に向けてプレゼンテーションの準備を初めてみると、発表時間が短いのでどうやってポイントをついて伝えていくか、しかもビジネスモデルという説明の難しいものを伝えていく課題があって。
倉貫
最初、私がプレゼンのあらすじを作ったのですが、時間内にいれるには難しいということだったので、プレゼンター役の牛尾さんが、うまく入れ替えたりしてまとめてくれましたね。
倉貫
結果として、当日のプレゼンも、すごい良くて発表会場にも人が結構来てくれましたね。
山崎
もともと、キーノート(招待講演等のそのイベントで重要な発表)で、関連している内容を発表をしていたので、今回の学会と私たちが行った発表がマッチしていたんですね。
山崎
けど、不安も多かったですよね。私と倉貫さんは最後のプレゼン練習に参加できなかったので、「あの論文ベースでの行間をどうやって発表するんだろう?」って。
牛尾
最初は倉貫さんのロジック通りに発表しようと思ったんですが、論文になってしっかりしているロジックを、プレゼンの時間に納めるのはやっぱり難しい。なので全体的にシャッフルして、発表しちゃいました。(笑)
山崎
それでいいと思います。 重要なのは、プレゼンを聞いて興味を持ってもらい、論文を読んでもらうことですからね。
安井
そういえば、プレゼン終わった後に、何人かに「論文はどこで公開している?」って聞かれましたね。興味を持ってもらえたんだと思います。
倉貫
あと、当初は牛尾さんだけがプレゼンターとして話す予定だったんですけど、質疑などに回答するために私も一緒に登壇できることになってとても嬉かったです。

結局どこの国のエンジニアもみんな同じことで困ってた!

安井
今回のプレゼンで質問も色々出てきましたね。やっぱりコンテンツが良かったから、これだけ反響があったんだと思います。
倉貫
だけど質問で出てきたことって 日本でも実際に出てくる質問だらけだったんですよ。 例えば「本当にドキュメント書かないの?」とか「アウトソースとはどこが違うの?」とか。
山崎
「お客さんとの信頼関係が大事なんですね?」っていう質問に対して「あなたは普段ビジネスで信頼関係を大事にしていないんですか?」っていう返しも日本でよくあるやり取りなんですね?
倉貫
そうです。(笑)
安井
けど、それって 今回の発表で海外の人にも十分理解される内容だった ってことですよね?
牛尾
プレゼンのセッション中に、聴講者の人達に「あなたの国にも”納品”ってあるの?」って聞いてみたんです。そしたら、ほとんどの国の人がちょっとの違いはあるけど「ある」って答えてました。
倉貫
「納品のない受託開発」って日本の優秀なエンジニアが幸せに働けることを考えてできあがったものなんですよ。だって海外だと内製で作っている企業が大半だから日本のエンジニアほど苦労してないんじゃないと思っていたんで。

発表などを通してスモールビジネスの観点でみると、どこの国のエンジニアもみんな困ってる んじゃないかなと思えてきました。

「納品のない受託開発」が歩む道

牛尾
日本のエンジニアリングって、ほとんどが海外からのインプットで成り立ってますけど、「納品のない受託開発」みたいに日本で生まれたイノベーションを日本だけじゃなくて 海外にも広めていきたいと思ってるんですよ。今後は「納品のない受託開発」ってどうすすめていくつもりですか?
倉貫
海外に出すって事に関してはまだノープランです。(笑)
「納品のない受託開発」のメソッド化はやっていきたいですね。 私が話す「納品のない受託開発」の観点はビジネスの話なんですよ。一方で、ソニックガーデンのエンジニアの話はRuby(*4)や運用についてのテクノロジーについてなんですよ。
(*4)Ruby:手軽なオブジェクト指向プログラミングを実現するための種々の機能を持つオブジェクト指向スクリプト言語。

その間にある開発プロセスとかメソッドの部分は私が話すモチベーションは無くて、エンジニアも当たり前になりすぎてしまっていて、今までわざわざ話さなかったんですよ。けど、もし新しく入ってくる人や今後広めていく上でメソッド化しておかないといけないなと思ってます。

この前、私が書いた本では経営向けの話しだったんです。だから次に本を書く機会があるのであれば、より実践的なことについて書きたいかな。
山崎
その事についても、キーノートのプレゼン発表でありましたよ。経営者の視点と技術者の視点ではステージが異なっていて、そこの間をつなぐステージが必要になるといった話でした。

それこそ、「納品のない受託開発」も 産学連携することで、学の抽象化能力で概念化してメソッド化してもらったりするのがいい気がしますね。 今回みたいに、学会などの機会で説明をしなければならないときには、より考えるようになりますよね。そうすると、また学会で発表するネタも増えると。(笑)

さっき、牛尾さんが「もっと英語を学ぶために海外で修行をしたい」という話になって。牛尾さんは外資企業や、英語を公用語にしている日本企業を選んでもいいけど、ソニックガーデンと考えの近い海外の企業を選んだり、 リサーチの世界に入ってみたりするといいんじゃないですかね?

リサーチだったらいっそソニックガーデンに加わって小さな組織のパフォーマンスを上げるための研究をしてみるとか。 もし、そうなったら、牛尾さんの強みも活かせるし、ソニックガーデンの経営と技術者の隙間も埋められるかも。
倉貫
いいですね。ぜひやりましょう。(笑)

発表を終えて

倉貫
発表の全体を通してどうでしたか?
山崎
このような形で関わる事ができて最高でした。 ただ、もうちょっと皆さんにアカデミックな学会の雰囲気とか「論文の締め切りは、ほとんどの学会だと延期される」みたいなことが共有できていればなぁと反省してます。
安井
そうですね。そのこと知らなくて、「本当に締め切りに間に合うのか」と結構焦りました。(笑)
倉貫
「もう、間に合わないなら外注しちゃおうか」みたいな雰囲気にもなってましたもんね。(笑) けど、 最後に安井さんのラストスパートの勢いがすごくて、無事完成 しました。ありがとうございます。
安井
いえいえ、私の場合は、今回英語のスペシャリストという立場で参加させてもらいました。なので、最初はコンテンツにもあまり思い入れはなくて、このような学会は初めてだったんですけど、 実際やってみて、こういうアカデミックな部分も面白かったですね。
牛尾
私は、ずっと 「納品のない受託開発」が海外でも気に入られるのか不安 だったんですよ。でも、 海外でも「納品のない受託開発」は気に入られましたね。
倉貫
私も、日本では「納品のない受託開発」はある程度受け入れられて自信があったんですけど、 海外でこれだけの反響があって、しかも自分以外の人に発表してもらう(笑)という所でさらに自信がつきました。
安井
それだけコンテンツが素晴らしいからだと思います。あと、 このメンバーも良かった。
山崎
そうですね。 これを機会に色々な学会で発表していきましょう。 (笑)
倉貫
ええ、またこういった機会があれば、やってみましょう。 それではあらためて、今回の発表お疲れ様でした。
一同
お疲れ様でした。

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