株式会社SonicGarden(ソニックガーデン)
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起業家の信念を貫いた「せんせいNICCOT」は、幼児教育・保育の現場から待機児童問題を解決する


ソニックガーデンでは、ソーシャルビジネスに関するシステム開発の依頼を多くいただきます。今回お客さま事例としてご紹介する、一般社団法人家族力向上研究所の「せんせいNICCOT」も、そのひとつです。

せんせいNICCOTは、幼稚園や保育園で働く先生や保育士を対象にしたキャリア支援のプログラムです。先生専用の対人対応・パーソナリティ傾向診断を行う「せんせいエゴグラム」を軸に構成されています。企画・運営を行うのは、家族力をテーマに保育・教育の分野で活躍してきたスペシャリスト・桑子和佳絵(くわこ わかえ)さんです。

せんせいNICCOTの立ち上げは、試行錯誤の連続でした。そのときソニックガーデンは、開発を通してどのような支援を行ってきたのでしょうか。ソーシャルビジネスを動かすヒントとともに、ご紹介します。

待機児童問題。潜在保育士が復職しない理由は、保護者との人間関係

保育園の待機児童問題が解決しない原因のひとつに、保育人材の不足があります。国や自治体は、保育士免許を保持しているものの、その仕事に就いていない潜在保育士への再就職支援を行っています。しかし、あまり進んでいないのが現状です。厚生労働省の調査(リンク先・PDF)によると、潜在保育士の復職を望まない理由に「仕事における責任が重い」、「保護者との関係が難しい」などが挙がっています。

その詳しい背景について、一般社団法人家族力向上研究所の代表理事・桑子和佳絵さんは次のように話します。

一般社団法人家族力向上研究所・桑子和佳絵さん


桑子の顔桑子
家族のあり方が多様化し、幼児教育や保育の現場では保護者対応が深刻な課題になっています。保育士たちは保育のプロである一方、保護者対応の勉強や研修の機会が充分にはありません。結果、うまく対応できずに保護者との関係に疲弊してしまい、離職してしまうということが起きているんです。

もちろん保護者との関係を上手に築いている園もありますが、園長や管理職の手腕によるものが多く、体系化できていません。多くの園は、トラブルが起きてから考えるという後手に回ってしまっているという状況です。

そこで桑子さんは、現代の幼児教育・幼児福祉の現場で求められる 対人対応力に着目。
先生・保育士としての傾向を22タイプに分類しアドバイスを行う「せんせいエゴグラム」 を、ソニックガーデンと一緒に開発しました。 せんせいエゴグラムは、先生・保育士専用の対人対応ストレス傾向をはかる項目を入れた、特別なエゴグラム診断。 桑子さんは、せんせいエゴグラムを軸としたキャリア支援プログラム「せんせいNICCOT」を全国の幼稚園・保育園へ提供しています。

では簡単に、せんせいNICCOTの概要をご紹介します。

せんせいNICCOTとは?

  • 「せんせいエゴグラム」による、タイプ別診断
  • 診断結果に基づいた、個別のアドバイスとサポート
  • 対人対応力やセルフケア力の向上を目的とする研修「園パワーメント・プログラム」の実施



教職員・保護者の両方を支援し、子供との関係を構築するNICCOTのサービス

エンパワーメントとは、組織のひとりひとりが自立し、組織のパフォーマンスを最大化するための活動をいいます。
その言葉にあやかった”園パワーメント・プログラム”は、 幼稚園や保育園を働きやすい環境にし、子供や保護者も含めた全員が健全な関係を築くためのプログラムです。

さらに園の経営者や管理職に向けては、 せんせいエゴグラムの診断データをもとに組織の傾向を分析したレポートを提供します。レポートは、先生たちのパーソナリティを客観的に知る手がかりとなり、マネジメントの参考やケアが必要な人材の発見とフォローにつながります。

子供と関わる側を支援するサービスは大変珍しく、 一般的な子育て支援は子供や家庭を対象とした施策が中心です。 桑子さんは、園の職場環境を良くすることから待機児童問題や子育て・家族に関する課題の解決につなげようと、活動を続けています。

起業・独立・サービスの仕切り直しを経て、「保護者支援」のニーズに気づく

では、なぜ「せんせいNICCOT」の事業は始まったのでしょうか。
その原点は、桑子さんのキャリアの中にありました。

新卒でNECへ入社し、社内ベンチャー制度を運用する事務局に配属された桑子さん。そこは、新規事業を立ち上げ、成功や失敗を経て成長をしていく人たちに囲まれた環境でした。人が前向きに変わっていく姿に心を打たれた桑子さんは、漠然と考えていた「数年勤めて、結婚退職をする」という将来像を切り替え、自分自身の人生を考えはじめます。

これが第1のターニングポイントとなり、桑子さんは同制度を使い、キャリアデザインをベースとした就・転職のマッチングサービスを提供する会社を起業したのです。

会社は事業を広げ大きくなっていきますが、桑子さんはいつしか会社の方向性に迷いを感じていました。大人を対象とした人材開発を行っていましたが、子供にこそ将来を考えるきっかけを作りたいと考えるようになっていたのです。 そこへ、第2のターニングポイントが訪れます。

桑子の顔桑子
子供への支援とは、子供を育てる親やまわりの人たち、つまり家族をまるごと支えることなんです。ならば、家族という土台ができる未就学時期の子供とその保護者たちを、幼稚園・保育園と一緒に支援していきたい。そのような思いから、一般社団法人家族力向上研究所を立ち上げました。

その後、横浜市が主催するソーシャルビジネス起業家支援プログラム「Yokohama Changemake’s CAMP2013 」を受け、事業の形を作っていきます。最初に取り組んだのは、企業協賛モデルの子供向け体験型ワークショップの実施でした。しかし桑子さんは、「何か違うな」と違和感を感じます。

桑子の顔桑子
私は”前と背中”と表現するのですが、企業協賛型のビジネスモデルにすると、前を向いた先には企業、見えない背中の位置に園や保護者が来てしまうんです。本当にやりたい”幼稚園・保育園を入り口に、子供とその家族を支援する”こととは違うと気づき、サービスをはじめから考え直すことにしました。
自分たちが見る先は園と保護者であると決め、あらためて課題の整理を始めます。 そして、親からの過保護・過干渉による対人トラブルが園で問題になっていると知り、事業を保護者支援へ定めることに。起業家支援プログラムのブレストで「診断サービスはどうか」というアドバイスもあり、信憑性も高く、利用の自由度も高いエゴグラムを使った「ママエゴグラム」というコンセプトが出来上がりました。

ママエゴグラムから、せんせいNICCOTへたどり着くまでの険しい道のり

そこでシステム開発会社としてソニックガーデンを紹介したのは、起業家支援プログラムのメンターである株式会社Asmamaの甲田恵子さん。Asmamaもまた、子育て支援のソーシャルビジネスを展開し、システム開発をソニックガーデンが担当しています。

当時のことを、ソニックガーデンの藤原士朗は次のように振り返ります。

藤原の顔藤原
ソニックガーデンは、仕様の通りに作るという従来の開発ではなく、納品のない受託開発を行っています。そのため、まずお客さまとの関係はビジネスを立ち上げた背景や取り組む意義などの問いかけから始めています。

そこに時間をかけるケースが多いのですが、桑子さんは、サービスの立ち上げからママエゴグラムというモデルへいたるまでに、さまざまな検証を重ね、しっかりとした軸をお持ちでした。ですから、早いタイミングで開発に入っています。

ソニックガーデンの栩平智行(左)と藤原士朗(右)

一方で藤原は、大きく開発するのではなく、まずはサイボウズ社のkintoneをベースとしたプロトタイプ(検証用システム)の開発を提案をします。ソニックガーデンとしてプロトタイプを開発することは新しいチャレンジでしたが、開発開始から1ヶ月ほどでママエゴグラムはリリースされました。

さっそくプロトタイプのママエゴグラムをもとに、桑子さんは園での実験や導入を進めていきます。途中メインプログラマーとして栩平智行(とちひらともゆき)が入り、Ruby on Railsで本格的なママエゴグラムの開発もスタートしました。

桑子さんの知見を生かしたママエゴグラムは、「保護者支援は大切だよね」と反応は上々。全国の国公立幼稚園などが集まる大規模な会議でママエゴグラムを紹介したり、父親向けのパパエゴグラムも開発したりと、積極的に認知を広げていきました。

診断結果から「どんなママか」という傾向を出し、適切なアドバイスを伝えるママエゴグラム。園を通してユーザーになってもらい、ママたちの子育ての課題を解決していく…という予定でした。しかし、桑子さんはなぜか課題解決へつながる手応えを感じませんでした。手探りの中、ママエゴグラムを導入した園へのヒアリングを続けます。そして事業への思いと園との間に、大きな隔たりがあることに気づくのです。

桑子の顔桑子
保護者支援に対応する先生の力や体制がないんです。いくら外側から仕組みをいれて分析をしたところで、対応できるリソースがない。だから興味があっても、定着しないんです。そこで、保護者支援の前に園の先生をサポートしなくてはならないと気づき、せんせいエゴグラムとせんせいNICCOTのアイディアへたどり着きました。

本物の起業家は、手段やアイディアにこだわらず課題解決に実直である

ママエゴグラムのプロトタイプが完成したのは、2014年の末。 そこからせんせいNICCOTが誕生するまでの3年という間、桑子さんは試行錯誤を繰り返し自分たちのサービスが向くべき方向を見いだしました。藤原は、そこに桑子さんの起業家としての本質を感じたと言います。

藤原の顔藤原
ソニックガーデンでは、開発前にサービスや企画の設計をお客さまと話し合います。そのうちに、やはり事業が取りやめになりましたといってストップされてしまうお客さまも少なくありません。そのうまくいかない理由に、僕は手法にこだわりすぎることがあると思うんです。

桑子さんの素晴らしさは、ママエゴグラムにこだわらなかったこと。問題解決と常に向き合っていらっしゃるから、アプローチを変えることができたんです。手法を変え何度でもチャレンジする人が、本物の起業家だと思います

せんせいNICCOTは、2017年の7月に提供を開始。桑子さんが園へ提案をすると、困っていたことや園の内情などを打ち明けてくれるようになり、「これが求められていたのだ」とようやく実感したそう。

人生をかけて”家族のこと”に取り組んでいきたい

家族力向上研究所の設立からせんせいNICCOTへたどり着くまで、6年の歳月が経っていました。

ソーシャルビジネスは社会への意義が大きい反面、すぐには結果が見えず、時間をかけて取り組まなくてはなりません。諦めずに事業を続けていく桑子さんの原動力は、どこから生まれているのでしょうか。

その質問に「自分自身の家族関係、とくに母親との関係が良くなかった」と、ご自身のことを振り返る桑子さん。家族の土台が作られる子供の幼少期をどのように過ごすかは、人生に大きく影響することです。だからこそ、家族力をあげることに対する執着にも近い思いがあると語りました。さらに不妊治療を経て特別養子縁組で家族となった娘さんとの関係も、事業を推進していくことの後押しになったと話します。

桑子の顔桑子
子供の教育や福祉の分野で仕事をしてきましたが、やはり保護者の真の部分は分かっていなかったんですね。そこへ娘ができ、保護者として園に関わる機会がふいに生まれたんです。

これまでやってきたことがタイミング良くつながり、人生をかけて”家族のこと”に取り組んでいきたいと、腰を据えて向き合えることができるようになりました。

プログラマーによる課題の整理・構造化がビジネスにひらめきを生む

現在せんせいNICCOTは、せんせいエゴグラムの診断精度を向上しながらサービスを拡大しています。よりビジネスを広げていくために、桑子さんの持つノウハウや知見を可能な限りシステム化していく方針で開発が続いています。

これまで、システム開発は受発注どちらの立場にも立ったことがあるという桑子さん。ソニックガーデンを「事業や課題解決について一緒に考えてくれる、自分と同じ”こちら側”の人たち」と表現します。

「事業のこと、その思いを受け止め、本当に分かろうとしてくれています。私も安心して、いろいろなことを本音で伝えることができるんです」と、理想的な関係であることを話しました。またソニックガーデンの知見を生かした提案や視点が、ビジネスにひらめきを与えることもあったそうです。

ソニックガーデンとしては、意識して事業へのアドバイスを行っているわけではありません。会社の強みは、プログラマーとして論理的に整理をし、ひとつひとつの要素が線でつながっているか?と構造化することです。

栩平の顔栩平
ビジネスコンサルタントではありませんが、僕らは技術でお客さまの事業の解決を支援したいと考えています。桑子さんが持たれる強い思いのように、課題を解決したいと真剣に取り組まれているお客さまとの仕事は楽しいです。技術的な方法はいくつもありますから、できるだけシンプルにという視点で開発するようにしています。

これからのせんせいNICCOT

せんせいNICCOTへの理解や導入を希望する園が、増え始めました。 導入した園からは「客観的に自分のことが分かり、まわりの人との関係に気を配るようになった」というフィードバックもあり、次年度も継続したいという要望が届いているそうです。近い将来、先生たちの離職率の改善や就職率の向上と数値化できるような効果測定を考えています。また、ママエゴグラム・パパエゴグラムも保護者向けのNICCOTとして、せんせいNICCOT導入園を通して提供しています。

「保育士不足の問題は数年前から注目され始めましたが、本質は変わっていません」と指摘する桑子さん。次に目指すのは、日本にある約48,000園の幼稚園・保育園のうち10,000園へせんせいNICCOTを導入し、先生たちのケアやサポートが行える環境を作ること。保育の質を向上することが、保育士不足の解消にもつながるのだという社会的なインパクトを出していきたいと語りました。

[取材・構成・執筆/マチコマキ]

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