『ありがとうポスト』「ちょっといっちゃう?世界遺産!」一本の電話と熱い気持ちが新規サービスを生み出した【後編】
前回に引き続き、「ありがとうポスト」を展開されているミロク情報サービスの堀さん、山崎さん、板倉さんと、ソニックガーデンのエンジニアにインタビューしました。「ありがとうポスト」は、スマホからの操作でユネスコ重要無形文化遺産の和紙ハガキでのお礼状を送れる印刷発送サービスです。後半では、「ありがとうポスト」が出来るまでのエピソードについて聞きました。
2カ月間、開発しながらブレストとディスカッションを続けた
倉貫
その2カ月間、ソニックガーデンは何をしていたの?
安達
新規事業のアイデア出しに参加して、一緒に「ああでもない、こうでもない」とブレストをしていました。ミーティングの後に、これでいこうという1つの案を決めたとき、そこで僕だとナビゲーターの役割なので、「本当にそういうユーザーはいるだろうか」という点を意見したり、野上さんもユーザー視点で「そういうサービスがあったら使うかな」など考えたりして、一緒に悩んでいましたね。
堀
そうでしたね。そのころはオンライン請求書サービスはもう閉めようと僕の中で思っていたんですよ。ちょうどそのころ僕がソニックガーデンさんに初めて来て、「じゃあ、次のネタ何にしましょうか」と、ずっとブレストをしてましたよね。
安達
そうですね、2カ月間。
倉貫
さっきの効率化と付加価値の葛藤があったんですね。じゃあ、2カ月間、開発せずにブレストをしていたのですか?
安達
いえ、請求書のところの細かいタスクはいっぱいあったので、それを少しずつやりつつ、一方で新しいネタのディスカッションもしていました。
野上
2カ月間の最初の1カ月はそんな感じで、もう1カ月は別軸でお礼状のサービスを作っていました。
堀
そうでしたね。それである日突然、「これでいく」っていきなり決めたんですよね(笑)
倉貫
あまりないケースですよね。普通はプロジェクトがうまくいかなかったら、いったんそれは閉じて、別のプロジェクトを新たに始めますよね。アウトソースしている場合だと、別の人が出てきたり、プロジェクトをまた新たに組み直すことになると思うんです。けれど今回、同じメンバーで続けてやって、しかも開発会社なのにブレストから一緒に入るというのは、どんな印象を受けられましたか?
堀
面白いです。すみませんね、面白いって表現は変かな(笑)いや、一緒に働いていて楽しいという意味なんですけど(笑)
熱中すると成功する絵しか浮かんでこない
倉貫
それが一番嬉しいことです。彼らの意見は、ブレストのときはどうでしたか?役に立ちましたか?
堀
役に立ちました。本来ならば、僕がアドバイザーとしてその位置にいて、今は何が重要なのか、優先事項の順位付けは何にするべきなのか、足りない部分は何なのか客観的にアドバイスしなければいけないんですけが、今度はプレーヤー側に入り込んでしまったがゆえに頭が熱くなってしまって(笑)
倉貫
熱中しちゃいましたか(笑)
堀
熱中しちゃいますよね。熱中するとどうなるかと言うと、成功する絵しか浮かんでこないわけですよ。「これはいける。やばいな、すごいな」と。そうやって自分の中で盛り上がってしまうから、どんどん見えなくなっていきますよね。そういったところで、パッとある意味冷たく、ある意味優しく、客観的に「これが足りないですよね」と言われることで、「そうだよね」「忘れてた」と気がつくことができました。
倉貫
そういったキャッチボールを2カ月くらい続けたところで、板倉さんが登場されたんですね?
堀
はい。方向性が決まり、開発をある程度進めていた段階でした。僕もさすがにこの案件のみに掛かり切りもまずいので、そろそろ1人入れなければということで入ってもらいました。
「今回のコンセプトは『紙に徹底的にこだわる』だから、ちょっといっちゃう?世界遺産」
堀
そんなある日、山崎が「堀さん、知ってますか?ユネスコの世界文化遺産で無形遺産があるんですけれど、それに日本和紙が登録されたんですよ」と言ってきたんです。
山崎
おそらく登録決定前です。内定みたいな感じですね。
堀
そこで、「じゃあ今回のコンセプトは『紙に徹底的にこだわる』だから、ちょっといっちゃう?世界遺産!」という会話をしたんです。ちょうどそこに板倉がいて、「世界遺産いっちゃうって言ったけど、どうすればいいんですか?」と言うので、「いいんだよ。電話かけて一緒に組みませんか?って言ったら、大丈夫だよ。」と板倉に電話をかけさせたんです。そうしたら「堀さん、会ってくれるらしいです」って(笑)
堀
そうして山崎と板倉が2人で行ってみたら、「堀さん、組んでくれることになりました」「ああ、そう。じゃあ、ありがとうポストは世界遺産で刷れちゃうわけ?」「そうです」となったんです(笑)
倉貫
言ってみるもんだ(笑)。
堀
だから、実は小川和紙さんと組めたのは彼女の手柄ですよね。
倉貫
そうなんですね。板倉さんは、ミロクさんに入社したのと同時にこのプロジェクトに入られたんですよね。しかも、ちょっと変わった進め方をしているところに途中から入られたわけですが、このプロジェクトはどういうふうに目に映りましたか?
板倉
いや、すごくびっくりしました(笑)以前ベンチャー業務をやったことはあるので、社内の雰囲気は分かっていたんです。とはいえ、ベンチャー的な仕事でも開発会社さんに頼むときは、やはり一線ありました。きちんとワイヤーを書いて、要件定義してくれるSIerさんがいて、工数を出してきて、というのが普通です。それが行ってみたら、工数とかないし、意見も言って頂けるし、最初は本当にすごくびっくりして、どうやって進めようかなって悩んで帰った日が一番最初の日です(笑)
倉貫
最初はここに線があると思っていたんだけど、なかったんですね(笑)
もう普通には戻れないかもしれない、ウォーターフォールできないかもしれない
板倉
はい。どうやればいいんだろうって最初は悩みました。でも、だんだん慣れてくると、いいなと思う点ばかりでした。普通であれば、あるプロジェクトの仕様において変更しようと思ったら、まず社内の人を調整しなきゃいけないです。次に開発会社さんに言ったら、「工数はこれだけなのでちょっと待ってください」と言われてしまう。
倉貫
ちょっと嫌な顔をされたりね。
板倉
そうです。工数の見積もりにまた何日もかかることもあります。ですが、ソニックガーデンさんではそういう無意味な手間を省くことができます。
倉貫
ちょっと思ったことがあれば、打ち合わせに来て言えば、話を聞いてもらえるということですよね。
板倉
はい。最初はその工数の不安というか、実はさぼっていたりしたらイヤだなって思ったんです(笑)でも、野上さんのタスクの積み方を見ると、妥当と言うか、むしろちょっと多いと感じます。だったら、普通に開発会社に頼むより全然いいなと思いました。
倉貫
今、入ってどれぐらいですか?
板倉
3カ月ぐらいです。
倉貫
じゃあ、3カ月でもうこっちに馴染んじゃった感じ(笑)?
板倉
馴染んじゃいました(笑)もう普通には戻れないかもしれないです。ウォーターフォールできないかもしれないですね。
最初にスタートするときは、自分でまず手の届くところから始めるというのが大事
倉貫
その2カ月間、紆余曲折してオンライン請求書から『ありがとうポスト』を作ることになりましたよね。事業の方針転換をしてやっていくというのは、スタートアップの世界ではよくある話で、いわゆる専門用語で言うとピボットと言うんですが、今回のピボットで、最初のサービスの経験から何か生かせた部分はありますか?
山崎
オンライン請求書のサービスで苦労した点は、仕組みのコントロールのしにくさでした。前回はシステム会社の裏にまた印刷会社を入れていたので、やりとりが間接的でした。今回は直接やりとりができる形にこだわり、今の印刷会社さんと出会うことができました。
倉貫
大げさにしないようにしたんですね。
山崎
「下に小川和紙さんと印刷して下さい」と電話で頼めば対応して下さるし、商品の改善のところがすごくやりやすくなりました。物のほうですね。やっぱり物をすごく大事にしているので、そこのコントロールが随分利くようになったという点です。それからユネスコの世界無形文化遺産でもあるし、話題性もあるし、実物を見せたときの反応がすごく良かったです。
倉貫
最初にスタートするときは、自分でまず手の届くところから始めるというのが大事になってきますね。今日、その小川和紙さんのお礼状の実物を持って来て頂いたと聞いたのですが。
山崎
こちらになります。
倉貫
味がありますね。ちゃんとはがきサイズなんだけど、和紙の切り口があって。これはもらうと嬉しいですよね。
山崎
なかなか触る機会もないので、見るとびっくりする方が結構いらっしゃいますね。
倉貫
これは世界文化遺産にもう認定されているんですか?
山崎
はい。されているところで作っているんです。無形文化遺産なので、作る技術が認定されているという感じですね。
紙でお礼の気持ちを伝えるというところを攻めていきたい
倉貫
埼玉県小川町で作っているんですね。これを送るときには、この『ありがとうポスト』のサービスを使って、ユーザーの方は自分で直接送るわけじゃなくて、インターネット越しに送れるのですか?
堀
そうです。スマホでもPCでも送れます。
倉貫
ユーザーさんは気軽に自分自身のスマホから操作して、受け取った側はこのはがきが頂けるのですね。今年の野上さんからの年賀状はもしかしてこれだった?
野上
はい。僕が送った唯一の年賀状だと思います(笑)
倉貫
年賀状の中ですごく目立ってました。野上さんが自分で用意したのかなと思ったんですけど、実は『ありがとうポスト』だったんですね(笑)そういう個人のお礼状を出すときにも使えるサービスですね。面白い。この『ありがとうポスト』はもうすでに使えるようになっているということですが、今後はどういう展開を考えていらっしゃいますか?
堀
1つは購入などに対するお礼状といった形です。金融や車、高級商材などを商品として扱う方たちが、お客様に対してお礼を出す場面がファーストターゲットですね。セカンドターゲットとして考えているのは就活です。今、就活で人事部にお礼状を出すんですよ。
倉貫
そうなんですか。
堀
そういったところで、みんな官製はがきを出してもしょうがないので、こういったこだわった紙でお礼の気持ちを伝えるという場面を攻めていきたいです。それから、海外のお客様が旅館に泊まりに来てくれ際、日本のまごころみたいなものを伝える意味で、旅館からの「ありがとう」を外国に送るという場面も考えています。
倉貫
和紙だと知ったら、海外の方はすごく喜ばれそうですね。
堀
そうですね。さらにバリューが高まるんじゃないかと。その辺を念頭に置きながら、まずは徹底的にユーザビリティを上げていきます。
ユーザーに届かないところでいくら試しても意味がない
安達
今回、前回のオンライン請求書と違う点が、まず1回通してみるという点です。すぐにシステムを作るのではなくて、まず実際にやってユーザーの反応を見て、それで良かったら作り始めるという流れにしたら、すごくスムーズに回るようになってきたました。ぜひ今回もそういう形で進めていきたいですね。
倉貫
部分部分じゃなくて、ひと通りユーザーまで届いて、ユーザーからのフィードバックを受け、良かったら組み込むという形ですね。ユーザーに届かないところでいくら試しても意味がないですものね。
堀
そうですね。
倉貫
野上さんのほうで、今回のピボットがあって、それまでやってきたこととはまったく違う事業、2つの事業をやりつつ今の事業まで立ち上げるところまで来ましたけど。そこで得たものだったり、思い出深いことってありますか?
野上
1回目のオンライン請求書発送のときに、最初にモニターを何十人か集めたんです。でも結局、モニターからのフィードバックを得られなかったという経緯があり、2回目のときは何十人も要らないから、フィードバックをくれる人だけを集めようとした点が良かったです。あと、ピボットしたんですけど、基本的なアプリケーションの作りは結構似ていました。送るものが請求書からお礼状になっただけなので、使っている技術的なものはほとんど一緒だったので開発としては比較的早く形にできたと思います。
自ら主体的に動けていないと、疲弊してしまう
倉貫
あとは、僕がちょっと聞いておきたかったことをお聞きしたいです。今回、ミロク情報サービスさんという会社の、社内ベンチャーのような組織の中で、さらに社内ベンチャープロジェクトをされたと言ってよいと思うんです。普通の大きな企業の中でそういった新しいことに挑戦する難しさや、そこをどう工夫しているのかを教えて頂きたいと思います。
倉貫
僕らソニックガーデンも社内ベンチャー出身です。TISという会社の中で私が社内ベンチャーを立ち上げて、それを買い取る形でソニックガーデンがスタートしましたが、社内ベンチャー自体なかなか難しいことがたくさんありました。
堀
ありますよね。
倉貫
僕らの場合だと、本業の大きなプロジェクトをやっている人たちからすると、社内ベンチャーはお遊びみたいに見える。でも、会社からすれば、僕らに与えたのはすごく大事なミッションなわけです。新しいことをやらないと会社が生き延びられないとなれば、新しいことやる遺伝子を作るのは、すごく大事なことです。
堀
そうですね、おっしゃる通りです。
倉貫
でも、新しいことを作るのは遊びからしか生まれないなと僕は思うんです。だから周りからはお遊びみたいに見えても仕方ないんですが、僕がリーダーで社内ベンチャーのカンパニー長をしていたときは、メンバーがそれを感じて卑屈にならないように気を付けていました。
堀
それはすごくそうですね。おっしゃる通りで、メンバーの心持ちがどうあるかが僕は一番重要であると思っています。会社には理念やミッションがありますが、それを踏襲して、僕らなりの目標、ゴールを明確にすることが必要だと思います。僕自身は、さきほどもお話した「創って、作って、売る」という人材をこの世に輩出していこうとずっと思っています。理由としては、やはり売るだけとか、作るだけではダメで、自ら主体的に動けていないと、疲弊してしまうんです。僕は今年で45歳になりますけれども、この年になって元気な人間というのは、自らが主体的にやっている。それこそ会社から独立している人もいますし、会社にいても自分を持ってやりたいようにやっている。やっぱりこういう人間がどんどん増えないと世の中は面白くないなと思うんです。
倉貫
同感です!
ITと和紙の組み合わせで、和紙の世界とお礼状の文化が広がりますように
倉貫
今回のプロジェクト、まずはやらせてみようという形で始まり、1回ピボットしつつもやってきましたが、このプロジェクトを通じて得た学びと、今後の抱負について、山崎さんと板倉さんのお二人から聞かせて頂きたいと思います。
山崎
これまでは受託開発とホームページを作っていただけの人間で、自分でサービスもやった経験もあるのですが、お金を儲けるところが難しくて、面倒くさかったんです。そこについて考える立場も機会もなかったし、お金もありませんでした。今回、まだ全然できてはいませんが、お金を儲けるということを考えられるように意識はしているので、そこが一番学ばせてもらっている点です。
倉貫
面白くなってきましたか?
山崎
まだですね(笑)まだ儲かっていないですし。これで、あと儲かればいいなと思うんですけれど、すごく学びになりました。今後の抱負は、『ありがとうポスト』をどんどん広めていくことです。和紙は作っている側の人たちが需要の減少で困っていますが、受け取った方はとても喜んで下さるので、どんどん広めて、できれば世界にも売り出して、日本の和紙をアピールしていきたいです。その結果、地方の和紙職人さんの収益になるよう、まだPRも全然できないんですが、地道にでも広めていきたいと思っています。
倉貫
ありがとうございます。では、板倉さん。
板倉
学びは、まだ3カ月なので吸収途中です。今後の抱負としては、和紙の職人さんや伝統文化を守りたいというのはもちろんあります。それにプラスして、プロモーションをしていてよく思うのが、営業マンの人で「使いたい」とか「いいんじゃないですか」って言ってくれる人がいるんですけど、なかなかその人たちにまだ届けられていないんです。それから今はまだお礼状を書いていないけれど、書いたら営業成績が上がる可能性がある方たちに、このサービスを知ってもらい、使って頂いて、営業成績が上がる方法をどんどん考えていきたいなと思ってます。
倉貫
新しい武器になりますよね。これまでになかったやり方を気付かせてあげて、使って頂いて、広めていくっていうことをやれたらいいなということですね。このITと和紙という組み合わせが、僕は非常に面白く感じます。和紙の世界も広まればいいし、営業さんとか、他にもお礼状を送る人たちが増えていけば面白い世界になっていくんじゃないかと思いますので、ぜひ今後とも頑張って頂いて、僕らもそれがうまくいけるようにお手伝いしていきますので、宜しくお願いします。
堀
はい、こちらこそいろいろとご指導いただければ。
倉貫
今日は本当にありがとうございました。