ソニックガーデンとメディカル・インサイトが取り組む、乳がんの病院・名医を探せる医療サイト『イシュラン』。プログラマーとして関わるモチベーションに、社会問題に貢献できるという理由がありました。「でも、僕らがやっていることは外から見てどうなのだろう?」。チームは、クラウドファンディングを通して社会に問いかけます。
後編では、『イシュラン』はどのように運用されているのか、今後のビジネスはどうなっていくのかの話も聞きました。
みんなに役に立つ情報を伝えたいから、イシュランを考えた
倉貫
READYFOR(クラウドファンディングのサイト)での結果はどうだったんですか?
鈴木
ありがたいことに、達成できました(イシュランのプロジェクト)。それ以上に驚くことがあって。思わぬ方たちから応援されたのですよね。一番びっくりしたのはNATROM先生。医療系のブロガーで、とても有名な先生です。支援してくれた方へ本を差し上げますというリターンを用意していたのですが、まさにNATROM先生の著作。そのぐらい有名な方から、「興味深い試みだと思います。情報の質や鮮度の維持にはコストがかかるでしょう。その辺りを解決できるシステムができることを願っています」と応援があり、支援までしてくださって。
渡邉
結果的に19人の方にご支援いただいて。「頑張ってください」という温かい言葉も。
鈴木
「すごい、こういうサービスは絶対役に立つと思います」って。
渡邉
より一層、頑張ろうと思いましたね。
鈴木
僕らのモチベーションを高めたという意味では、お金以上にクラウドファンディングは挑戦して良かったなと思いますね。「なんでやっているのか」が改めて見えた。
倉貫
その「なんでやっているのか」に繋がると思うのですが、そもそもなぜイシュランというサービスを始めたかという話を聞かせてください。
鈴木
僕の個人的な体験から来ているところが大きいです。「実はうちの母が」とか「奥さんが」とか、乳がんに限らず病気のご相談を受けることがあるんですよ。
倉貫
英介さん(鈴木さんのこと)は、医療系のコンサルティングをされていますからね。
鈴木
話を聞いていると、「なんでそんな病院の選び方をしちゃったの?」と思うことが多くて。「少なくともあなたの住んでいるところだったら、ここかこの病院だと思うよ」と説明すると、「そういう考え方があったんだ」って言われちゃう。情報リテラシーが高い人たちなのに……
倉貫
みんな、病院探しに困っているという背景があった。
鈴木
となると、世の中みんなに役に立つ情報として広く伝えたいなと。
倉貫
英介さんが知っている情報は、専門家しか知らないクローズドなものばかり?
鈴木
いいえ。僕が判断しているのって、厚生労働省のサイトや乳がん学会の専門医のリストからです。だから、公にある情報をいくつか組み合わせてウェブ上で公開できる。それでたくさんの人がベターな選択ができるようになるよねって思ったのがイシュランを考えた一番のきっかけです。
3,000人のお医者さんは全て目でチェック。汗かいて病院と医師リストを作ります
倉貫
一番最初に手がけたことは?
鈴木
まず、病院やお医者さんの情報リストを作りました。病院は公の情報だからいいんだけど、ひとつ問題があって。お医者さんは個人名に加え顔写真も載せたいと考えてまして。
倉貫
個人情報ですね。
鈴木
丁寧にやりたいなということで、許諾を得る形にしたいと思ったのです。で、お医者さん全員にお手紙を送った*1(笑)
*1:その後は病院単位でお手紙を送って確認するようにしています
倉貫
お手紙ですか?メールじゃなくて?
鈴木
お手紙を送りましたね。メールアドレスがわからない方が多くて。
倉貫
病院の住所は出てるので、手紙で「誰々先生」って出すと。
鈴木
そうです。なので、最初はそれで。
倉貫
反応はどうでしたか?
鈴木
おひとり、めちゃめちゃ怒ってきたお医者さんがいて。あとは2、3人ぐらい掲載はダメって返事がありましたけど、積極的に情報を出してくれた方もいました。
倉貫
病院やお医者さんのデータベースは世の中にあるのですか?
鈴木
ないですね。
倉貫
ないんだ。
鈴木
ないので、僕らが作っている。ざっくり言うと、手術をある程度行っている大きな病院は、厚生労働省のデータベースがあります。「この病院では何件手術」と。
倉貫
病院のデータベースはある。
鈴木
まず、大きい病院の場合はほとんどそのデータベースでカバーできる。また、乳腺専門医という専門医の制度も参照します。その専門医が所属している病院やクリニックは、ちゃんと診療をしてるよねという予測が立てられるので、リストに加える。病院のリストはこんなふうに作っています。
倉貫
3,000人以上のお医者さんについては?
鈴木
これはもう、それぞれの病院のウェブサイトを見にいかないと分かんない。
倉貫
ウェブサイトには載っているのですね。
鈴木
基本的には。乳腺外科など、はっきりとした科がある場合は、所属してる先生が乳腺の診療をしているというのがわかる。
倉貫
そうでない場合もある?
鈴木
困ったことに外科の表示しかないとき。外科は、消化器もあるし、呼吸器もあるし、いろいろな部分がある。乳腺はその中の一部になります。所属している外科の先生全員が乳がんを診ているとは限らないので、医師個人が持っている資格を参考にあたりをつけます。病院によっては、「この先生は乳がんを診ています」という情報も掲載していますが。結局、目視しながら判断していますね。
倉貫
目ですか。
鈴木
目で(笑)。
藤原
専門的な知識がないと判断つかないので、クラウドソーシングで一気にはなかなか難しい。
倉貫
「お願いします」はできないわけだ。
鈴木
僕が全部判断して、リストを作っていたのが最初。次第に乳がんを診ている先生を判断するコツがわかってきた。後半はクラウドソーシング含めて他の方にお願いしましたね。
渡邉
そうですね。ただ、作成したリストはそのまま使いません。英介さんの目が全て通った段階で公開しています。
倉貫
なるほど。それはもう3,000人見てるということで。
鈴木
見てる(笑)。今出てきた1,000いくつの病院と3,000人以上のお医者さん、全部見てます。
倉貫
もう、ちょっと崩壊しそうですけど(笑)。
鈴木
「よく回るよね」みたいな。
渡邉
夜な夜な。
鈴木
夜な夜なやってるよ。
渡邉
最初の頃は、リストを作るのにも時間がかかって1〜2ヶ月に1つの県を公開するぐらいのペースで。
鈴木
すごい時間かかるので(笑)
渡邉
途中、手順化・効率化ができるようになりましたので、ペースアップはできましたね。
藤原
スピード的には3倍とか4倍ぐらいアップした。2015年は1年で16県でしたが、2016年は半年で27の都道府県を追加できるようになっています。
アクセスの多くが「乳がん 医師の個人名」で検索していた
鈴木
リリース後、アクセスはそうすぐには増えませんでした。厳しいよねという話はしていたのですが、その中で嬉しい誤算があった。お医者さん個人のお名前で検索してアクセスされる方が意外に多かったのです。
倉貫
そこまでは想定していなかった?
鈴木
していなかった。
藤原
「乳がん 病院」「乳がん 愛媛」のように、病名と県別で検索されるのかなと思っていました。イシュランのGoogle検索結果は当初は3ページ目あたりにあって、なかなか上位に行けないなと。
鈴木
上位に表示されない割には、アクセス数があったわけです。それで、検索ワードを調べてみたらお医者さん個人のお名前だったという。
倉貫
それはなぜだと思われますか?ユーザーはどういった気持ちなのか。
鈴木
自分の主治医ってどんな人なのだろうと検索してみたくなるのかも。調べてみようって。
藤原
病院を探しているフェーズではなくて、患者として接している方が検索しているのかもしれませんね。
鈴木
イシュランは、患者さんがその先生への感想や印象を投票していただくことで、情報の厚みが出てくる仕組みになっているのですよ。
倉貫
お医者さんのコミュニケーションタイプを4つにわけているという部分ですね。
川村
今、もうかなりの数ですね。
鈴木
コミュニケーションタイプの投票数は、総数で6,010票入っています。(※2016年7月31日現在)
倉貫
すごい!患者さんや、実際に先生と接した方が投票してくれている。
渡邉
患者会にも、たくさん協力いただきましたし。
鈴木
初期は特に、サイトの内容を患者さんの目で見た時にどうなのかフィードバックをいただきましたね。
倉貫
患者会からの意見で、実現したアイディアもありますか?
鈴木
お医者さんの顔写真を掲載するのは、患者会とのディスカッションで生まれましたね。
倉貫
他に関わっている外部のコミュニティは?
鈴木
日本乳癌学会や日本臨床腫瘍学会とは、やりとりさせて頂いていますね。主にお医者さんの持つ資格の確認などで、協力関係を築いています。
患者さんの気持ちが最優先。業務を効率化しないという判断もする
渡邉
利用される方が増えたので、お問い合わせも多くなりましたね。
鈴木
対応は、渡邉さんと千賀さんの2人にお願いしています。
倉貫
どういったお問い合わせが多いですか?
千賀
お医者さんの情報を載せることついては、念のため全都道府県公開になった時にも改めて聞いています。なので、そのお返事が最近は多いですね。
渡邉
お医者さんの情報を載せることについては、病院側の意見が分かれるところですね。好意的に捉えて頂いている病院からは「今度はこういう医師の方が新任されるんです」とか「退任されるんです」と情報もいただけて、本当にありがたく思っています。
千賀
患者さんからいただく投稿は、イシュランへの掲載がされたら「ありがとうございました。感想を掲載いたしました」というご連絡をしています。「丁寧に連絡くださり、ありがとうございます」という返信をいただいたこともありますよ。
倉貫
自動返信にはせず、人を介してコミュニケーションをとっている。
藤原
返信は、とても気を配っていますね。よくあるウェブサイトへのお問い合わせに対するようなレスポンスにはしていません。患者さんは負担がある状態でアクセスされているので。
鈴木
そうだね。
藤原
返信内容は、必ず内部で1回レビューをかけて、さらに英介さんの目を通します。かなり時間をかけていて、このフローの効率化というのはあまりやっていないですね。お問い合わせに関しては、1件1件意見を汲んで返すというのが、チームとして大事にしていることかな。
渡邉
機械的にせず、それぞれの患者さんごとにちゃんと向き合って返事をしています。
倉貫
ユーザーが使いやすいように開発したのは、どんなところがありますか?
鈴木
地図の絞り込み方法は、工夫したね。
藤原
絞り込みの方法はいろいろあると思うのですが、イシュランでは「こういう観点で見るんだよ」という条件の項目をチェックボックスで出しています。乳がん専門医の先生がいる、がん診療拠点病院であるなどの条件ですね。これは、英介さんの観点です。
鈴木
その観点自体が、あまり患者さんにないからね。
乳がん患者を支える企業との協業、イシュランのサービス拡充を目指す
倉貫
イシュランの今後の目標はどういったところでしょう?
鈴木
当初から「一番大変だよね」と考えているのが、お医者さんの所属先の管理ですね。
倉貫
どうやっているのですか?
鈴木
そこは、企業秘密(笑)。
(一同笑)
倉貫
やっぱり、ウェブサイトを見てチェックしていくしかない?
鈴木
そうですね。お医者さんの異動など、ウェブサイトで変更があったときには、私たちが感知できるような仕組みにはしています。でも「A先生の異動先はこっちで、新しく入ってきたB先生は……」のような、細かい確認は自動化がしきれないというか、ちょっと無理かな。
倉貫
人が見て判断しないと分からないところですね。
鈴木
ただ、極端にお医者さんの数が増えるということはもうないので、今後は掲載しているお医者さんの最新情報を更新するというのが日常の目標になります。
倉貫
ビジネスとして考えていることは何かありますか?
鈴木
方向性はいくつかありますが、ひとつは乳がんの患者さんを支える領域で事業をしている企業さんと協業することができそうだなと。
倉貫
イシュランの機能はどうですか?
鈴木
質問を5つくらい答えるとあなたに合うお医者さんをリコメンドしますよ、というのは考えています。
倉貫
システム的な仕組みを作る必要がありますね。
鈴木
お医者さんの紹介システムは、ちょっと有料でさせていただくことも考えています。この2つが今のところ有力な案ですね。既に始めているといえば、メルマガ。
渡邉
定期的に、英介さんが乳がんに関する情報をメールマガジンで届けています。フィードバックも頂くので反響はありますね。
鈴木
メルマガで3,000通って結構な数になりますが、ゆるいつながりがどんどん積み上がっている感じがとてもあるなと。無料のメルマガですが、何らかの形でビジネスに結びつく可能性はあると考えています。
単にいいことしたいじゃ続かない。患者さん向けのサービスとして成功させたい。
倉貫
まだ売上げを立てていない以上は事業と呼べない厳しさもあって。ソニックガーデンとしては、部活という業務外の取り組みで技術的なチャレンジができる。なおかつ社会問題に貢献できるというモチベーションがありますが、英介さんとしてはどうですか?
鈴木
医療の分野で新しい事業を興すとき、典型的な方法としてはお医者さんを組織化するんです。エムスリーやCareNet、最近でいうとMedPeerもそう。お医者さんのつながりがあると、製薬会社とビジネスがしやすくなりますから。患者さん向けの直接的なサービスでうまくいったところは、正直あまりない。
倉貫
イシュランはチャレンジしているということでもある。
鈴木
患者さん向けに、いい情報を届けるというのは間違いなく必要とされていること。その問題解決をしながら、大儲けする必要はないけれど、ビジネスとして続けられる仕組みを作りたいというのが僕の一番大きなモチベーションだと思います。
倉貫
金銭的な投資とリターンではない、短期的な視点でもないよということですね。
鈴木
単にいいことしたいってだけでは長続きはしないので、ビジネスの仕組みを作りたいです。
倉貫
渡邉さんと千賀さんはどうでしょうか。
千賀
私も乳がんにかかってもおかしくない年齢だし、もし自分だったらイシュランにアクセスしていたなと。その視点を持って、患者さんと直接やり取りをする。「ありがとうございました」のやり取りでも受け止め方が違いますね。それに、周りにお仕事の話をすると理解がされやすい。そういうお仕事をしているなというのを実感しています。
渡邉
身近にいる医療関係の方や、患者さんからいただいたフィードバックでイシュランを改善していくこと。あとは、アクセス数が伸びていくこと。自分が関わっている仕事が多くの方に待たれていた、そして喜ばれているサービスなんだなあとわかって、モチベーションに繋がっています。
鈴木
「こういうサイトがあって本当にありがたいと思います」と、思いのたけを書いてくださる方がいらっしゃって。力になりますよね。
倉貫
イシュランはさらに、患者会や外部の協力先、サイトを使ってくださる方がいる。
鈴木
そういう感じですね。ネットのサービスですが、内側はしっかり人同士で対応しています。
倉貫
新規事業をやるっていったら「投資だ」「予算が必要だ」のように考えがちなところはあります。たとえお金が入ったとしても、モチベーションが下がってしまうと続かないだろうし、自分がつまずいてしまうこともある。チームでやっているからこそ、できるわけですね。
鈴木
それは間違いない。僕もイシュランは1人だったら絶対続かないと思うな。
倉貫
もし英介さんがプログラミングもできて、細かい作業もすぐできたとしても、1人だと。
鈴木
絶対無理。
倉貫
くじけちゃう?
鈴木
絶対ダメっていう自信がある(笑)。
倉貫
新しいものを生み出すときに、一番必要なのはお金じゃないなということですね。ではこれからも、引き続きよろしくお願いします。本日はありがとうございました。